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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #79 幽霊代金

あのように答えてはみたものの、実のところ、溝口は困窮していた。
放課後になって、溝口は席から立つこともなく、ぼんやりと天井を仰いでいた。既に終業から30分以上が経過しており、教室には誰もいない。ただ思考を巡らせるだけならカティルと対話をすれば済むのだが、事は既にそれだけでは収まらなくなっている。

目下の問題は、幽霊の衣装をどうするか、もしくはどのように幽霊を演出するかである。

そもそも何故女性型幽霊でなければならないのか?この答えは簡単である。世間一般の幽霊というもののイメージが「長い黒髪に白装束の女性」というものだからだ。では男性の霊はどうかと考えると、これは大抵「落ち武者」で見解が一致する。
イメージというのはそういうもので、その範疇にあれば第一印象はイメージの通りに固定されるのである。女性の霊はそれでも様々なバリエーションがあるものだが、それ以上に大きいのは「女性が一人でいてはおかしい場所に、女性が一人で佇んでいる」というイメージ、認識だろう。
逆に言えば、男性は夜中に神社などにいても、極端に不思議という事はないのだ。流石に制服のままで真夜中の神社にいれば不気味には違いないが、それでも一目でそれを幽霊だと認識する者は、それほど多くはない。
今回の目的は、こちらの粗がばれないように、一目で幽霊を印象付けなければならない。だからこそ、一目でそれとわかるイメージが必要なのであり、そのためのカツラと白装束なのである。

だが、昼休みの会話でも提起されたが、演劇部から衣装やカツラを借りるのはあまり良い手ではない。確実ではあるだろうが、宮野に情報が筒抜けになる可能性があり、この状況下でその可能性はほぼ確定事項になると考えてよいだろう。

では、カツラはともかく衣装だけでも誰かに借りるのはどうか?
可能性があるのは牧村と西島だが、牧村が関わってくると先程のように状況がややこしくなる。彼女はそういう存在なのであり、彼女の行動理念がうず高く積み上げられた理屈とその上に灯った情念である以上、付け焼刃の理屈でその場しのぎをするしかない溝口とは決定的に相性が悪い。

それなら西島はどうかとなると、これは目的に対して論外である。彼女にこの作戦を知られる事そのものが問題なのだ。理解者を探すためとはいえ、幽霊は一般的に恐れるべきものであり、恐れるという行為を娯楽としている者がいるという認識は、間違いなく彼女を傷つけるだろう。
それは幽霊というものが見える彼女にとって、自分の世界を笑いものにされるのと同じに違いなかった。
勿論、その現実を目の当たりにした上で「それはそれ、これはこれ」と割り切れるならば問題はないし、そのように成長する筋はあるのだろうが、それは今回の件について本質ではない。
今回の件はあくまでも「西島を恐れない人」を探す事であって、彼女自身の問題にまで手をかける余裕は無いし、そのつもりも無かった。

となれば、残る選択肢は「自前で用意する」しか残っていない。だがそこに最大の問題がある。現実問題、金がないのである。

ざっと通販サイトを調べてみた所、白装束は3000円前後、カツラも同じくらいの値段とわかった。その中でなるべく安いものを選んだとしても、合計で5000円程度にはなってしまう。
溝口の今の手持ちは2300円である。それとは別にヘソクリが2000円あるが、いずれにせよ足りない。仮になんとか足りたとしても、全て使い切ってしまうと不慮の事態に対応できない。ヘソクリには手を付けないとして、不足分は誰かに借りるしかないのだ。
当然、牧村から借りる訳にはいかない。倍返しの約束のせいで、牧村に対する借りは2万円である。まずはそれを返済して身軽になるためにアルバイトを始めたのに、また借金を増やすのでは本末転倒だろう。
そのアルバイト代が入るのは月末である。まだ三週間は先の話で、勤務をはじめて一月にもならないのだから、バイト代を前借りできるような立場でもない。
また、相川や川上から金を借りるのは極力避けたいところである。あるいは改変によって既に借りている事になっているのかも知れないが、今の所はそのような話題は出ていないのだから、無暗に刺激はしたくない。
だが、どんなに自分の可能性を潰してみても、結局は誰かに金を借りなければならないのは事実だった。

「金ェ?いくらよ」
休憩室、相も変わらず上半身は下着一丁の小寺はやや呆れ顔ながらも、理由よりも先に金額を訊いてきた。
「3千円なんすけど…」
「サンゼンエン~?!…オメー、そこは2万とかフカシとけよ最低限よぉ」
その最低限2万という意味はわからないが、何かが小寺の琴線に触れたらしかった。
「3千円はオメー、いちいち返せっつーのもバカらしー金だろーが。俺にオゴれっつってんの?」
溝口は首をすくめて無謀な反論をする。だが、どうせ理屈は通じないのだろうという諦めはあった。
「いや、3千円って高校生にとっちゃ、そこそこ痛いんスよ…。ここの給料出たら絶対返しますんで、お願いできませんか?」
再度頭を下げると、小寺はわざとらしくため息をついた。
「ハァ~…。わーったわーった、貸してやんよ」
小寺は椅子を立つと、自身のロッカーから長財布を取り出し、流れるような動作で溝口の前に一万円札を差し出した。
「ほらよ。どっちみち今万札しかねーから持ってけや。利子はツケにしといてやっからよ」
ツケという事はどのみち返さなければならない訳だが、とりあえず利子は要らない、という意味だろうか?この状況にこれ以上反論しても仕方がないので、溝口はその一万円札を素直に受け取った。
「あざっす。借りときます」
「おう、借りとけ借りとけ」
小寺はケラケラと笑った。

帰宅すると、早速品物の注文をする。通販サイトへの登録はカティルの指示もあってスムーズに完了し、品物についてもカティルの認識によって画像詐欺を避け、間違いのないものを選んだ。合計金額は5260円、代引きで2日後の到着予定である。
作戦決行はその翌日からになる。その旨をグループチャットに流すと、溝口はベッドに倒れ込んだ。

アルバイトを始めて以降、疲労が加速度的に蓄積している。朝のランニング、余暇の自習も欠かしてはいない。それらは全て自らの命を守るための準備ではあったが、所詮は付け焼刃でしかない。性に合わない無理をしているのだ。
性に合わないという点では、人付き合いも同じ事である。ほんの一月半前までは誰ともろくに口を利かなかったような根暗な子供が、環境の変化に合わせるためだけに自らの本性を抑え込み、割られれば死ぬしかない仮面をつけた。
「世界を元に戻す」この目的を得た時の高揚は既に無い。付け焼刃の論理、そしてカティルに刷り込まれた現実改竄の恐怖。それだけを原動力として、非力な少年は目の前の壁を越え続けなければならないのだ。

そうして、壁を越えれば越えるほどに世界は狂っていく…。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2019/08/30(金) 20:46:33|
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