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有象無象ディメンション

Photofighter type-B Burst ignition

「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #68 対面

(どうよ、これ)
《得意げですね。ですが、問題はここからでは?》
(そっちはどうなんだ?いい加減出し惜しみはやめてくれ)
《そのような意図はありませんよ。こちらの認識としては、西島梓というキャラクターについての情報がまだ不安定なのです。シュレディンガーの猫状態ですね》
(実際に観測するまでは状態が固定されないって奴か?なんでそうなる)
《引き籠りだからでしょう。母親でさえ姿を確認していない、言動も不明瞭なのですから》
(当人はどうなる?訳のわからない存在のままで実在するのか?)
《そうですね…概念だと言えば納得できますか?己に疑問を持たない…》
(そういう答えのわかりきった質問をするのはやめろ。今の俺はお前の中でシミュレートされた俺だろう。一方的に理解を押し付けてるんだって事、俺は納得してねえからな)

してやったりの気分が強制的に醒まされて、溝口はふう、と息をついた。実際問題、ここからが本題だという事は嫌というほど理解している。溝口がどのように結果を積み重ねても、改変者の気まぐれや後出しの理屈には、絶対に勝ち目がないからだ。
だから溝口にできるのは、改変者の仕掛けた状況には決して逆らわず、説得力と表面的な善意でもって、可能な限り世界の崩壊を抑えていく事だけなのである。
無意識に空のグラスを手に取ってしまって、氷の溶けたほんの少しの水を口に含む。口周りの冷たさと、薄まったコーヒーの苦味。溝口はグラスを置くと、何か言いたげな西島母に再度苦笑をみせて、椅子から立ち上がった。
「じゃ、案内お願いします」
「あ…はい、わかりました」
少し慌てたような様子で、彼女もまた立ち上がる。

どことなく、先ほどよりも屋内は明るくなっていた。外が晴れてきたのか、それとも不安を煽るような雰囲気を出す必要がなくなったのかはわからないが、溝口にとっては気の休まる感触がある。
リビングから出ると、正面すぐ左手に階段があった。それすら来た時には気が付かなかったのだから、やはり緊張していたのだろうか?あるいは暗がりになって見えなかったのかもしれなかった。

ここにきて特に話す事もなく、静かに階段を上がっていく。その階段にも年月から生じた軋みはあるが、気になる程ではないようだ。
それよりも気になるのは、見上げた目の前にある尻である。ベージュのスキニーに覆われた西島母の四〇代の尻は、痩せ気味の体格にも拘わらずしっかりと肉を蓄えていて、一段一段と登っていく際、持ち上がった太腿と尻の境に下着のラインが浮かんでいる。
それだけでも悶々とするのが高校生男子というものなのに、加えてうっすら湿った汗と洗剤の混じった匂いが漂ってくれば、その出所が目前の尻であると認識してしまうから、慌てて視線を足元に向ける。無論ながら、湿度を感じる臭気の大本は、今日半日立ち仕事をした彼女の靴下であるのだが。

《油断ですね》
(そういうもんなんだよ、男子高校生ってのは…!)
《年齢は倍以上も違います。そういう趣味なのですか?》
(年齢より見た目だ。大体今日が初対面で、年齢差なんか感じる暇があったかよ?)
《彼女は43歳です。とはいえ、誕生してからまだ1時間未満ですが。外見が不自然に若いのはお約束ですね》
(どこのお約束だ!妙な所を意識させんじゃねえ!)

二階の廊下は薄暗かったが、それは窓にカーテンがかけられていたからで、彼女がカーテンを開けると、乳白色の空から境界線の曖昧な光が入ってきて、階段上の白熱電球よりはずっと明るかった。雨ももう止んでいた。
木目の浮かぶチャコールブラウンのドアの前に並ぶ。暗いうちは重苦しく見えたそのドアも、光を受ければ白く反射する艶があって、その向こうに霊界の扉が開いているという可能性を感じさせない。
それが『現実』に対してどのように作用するかを考えるまでもなく、溝口は改めて警戒をしていたし、次の一声をどうするかは決まっていた。
西島母が溝口に視線を向けると、溝口は頷きを返す。彼女は一歩前に出て、ドアをノックした。
「梓、話があるの。返事して」
すると、ドアの向こうからくぐもった声が返ってきた。
『…の…だれ…なに…で…』
明瞭でない言葉だが、何を言いたいのかはわかる。
「その…高校の生徒さんが、話がしたいって」
彼女自身、溝口をどのように説明するか考えあぐねた結果だろう。その説明ではまるで教師を相手にしているようで、引き籠りの教師を生徒が迎えに来るというシチュエーションを想像し、溝口は一瞬吹き出しそうになった。
『さ…きこえ…だれ…』
意思の疎通を図っていては話が進まない。溝口は何か言おうとする母親を手で制止し、代わりに前へ進み出た。
一か八かの勝負である。溝口は声を張り上げた。

「突然すみません、泉光高校2年B組の溝口新です。はっきり言いますが、俺は霊感なんかカラッキシだし、幽霊にも興味ありません。けど、あなたには興味がありますから、オカ研に入ります。
 西島先輩、どうか、俺と友達になってくれませんか!」

自己の推理に基づいて、人間同士の繋がりを提示する。オカルト研究会に入るのは、相川達を新聞部へと送り出してしまったための、トレード・オフである。だから、オカルトに興味があると言えば嘘になるし、その嘘はいつか必ず厄介な問題として立ち上がってくるだろう。
嘘はつかず、誤魔化さず。ただ率直に、自分がどうあってどうするべきかを言葉にしただけである。だが、それはきっと、最善手ではなかったのだ。

返事はなかったが、ややあって、カチリと音がした。鍵が開いたかとドアノブに目を落とした瞬間、ドアが開いた。
顔を上げる暇もなかった。瞬間、視界に入ったのは真っ白い手、笑った顔と大きく見開かれた目。その目は血のように真っ赤だった。
「あ」
反応もできず、恐怖と共に間の抜けた声が漏れる。何が起こったのかはわからなかった。ただその瞬間、溝口は自分の迂闊さを思い知ったのだった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2019/06/12(水) 22:25:58|
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