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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #61 地獄

ギリギリ、タイムカードを押すのには間に合ったが、直後に時間経過が来た。それは15分程度の短いものではあったが、その間に長谷川が来て何らかの説明をしたらしい。
「という訳で、今日はバタバタすると思いますが、間違いのないよう落ち着いて、丁寧にお願いします」
そう言って事務室から出ていく長谷川に「もう一度説明をお願いします」などと、言える筈もない。

(説明を頼む)
《要約すれば、これから大量の搬入があって、この品物の陳列と並行して売り場の一部転換をするようです》
(あー、やった事無い仕事だわ…)
《作業内容についてはこちらでサポートできますが、状況が厄介ですね。向こうの流れを見る限り、今日はかなり頻繁に、小規模の時間経過が発生しそうです》
(…って事は、ピンチだな?)
《なかなか大変な状況ですね。時間経過を挟んで作業が勝手に進んで行きますから、その都度進捗を把握しつつ、次に取り掛かっている作業に急がなければならないでしょう》
(了解。取り残されてサボってると思われるのは嫌だな?)

溝口は休憩室に急ぎ、今日は少し緊張した面持ちの小寺に会釈をして、ロッカーに飛びつく。鞄を放り込み、大慌てでズボンを履き替えた途端、時間経過。

《20分経過です。搬入は既に始まっており、荷下ろし作業の真っ最中です》
(俺も仕事をしてる事になってるか?)
《はい。しかし先程突然休憩室に入っていったという認識ですね。念のため、言い訳を用意しておいた方がいいでしょう》
(えぇ…。じゃあどうすっかな…なんか指切れてたって事にしとくか…)
《商品を血で汚さないように、ですね》

ロッカーの上に常備してある薬箱から消毒液のヨードチンキと絆創膏を取り出し、ガーゼ面に消毒液を微量垂らして小指の付け根に巻き付ける。これで不自然にはならないし、作業の邪魔にもならない。
そうして小走りに搬入口へ向かうと、小寺は溝口をちらりと見はしたものの自身の作業の手を止めなかったので、溝口の工作は若干取り越し苦労になった。
しかしそんな事を気にする暇もなく、『作業の続き』に取り掛かる。カゴ台車から段ボール箱を下ろし、梱包を解いて中身と数量を確認。そのチェックシートも、途中まで溝口自身の字で記入がされている。それはまるで、経過した時間の分だけ記憶がすっぽり抜け落ちているかのようだった。
そうして7個目の箱を開けた瞬間、また時間経過。

《5分経過です》
(その位、飛ばさずに我慢しろってんだ…!)
思わず口に出しそうになった悪態も、時間停止のお陰で飲み込む余裕がある。手元の箱は別のものに変わっていて、何をどこまで勘定したものかまるでわからない。
(…止むを得ん、刷り込みを頼む)
《わかりました。仮にこれ以後全ての状況を展開したとしても、ギリギリのところで容量オーバーにはならない筈です》
(残り2時間か。作業がそれで片付けばな)
そして、存在しない時間と認識のフラッシュバック。向こうの状況を気にしている余裕など、無い。

18時半、客足が遠のく時間帯に入って、売り場の転換をはじめる。引っ込める商品をコンテナに移し、新しい商品を陳列。ものによってはコーナー自体がズレるので、棚一つ空にして右から左、というような事をする。
渡された図を見ると、この日は主に中央付近の棚について2つを完全に空け、扇風機やすだれなどの夏物を並べるようである。モノとしては軽く嵩張るものばかりで時間はかからないが、現状そこには防草シートや鳥避けネットが配置しており、これらは重量がある上に別の棚を空けてそちらに移動しなければならず、大仕事になる。

小寺は図を指し示して説明をする。
「ここからここのホースリールを台車に乗せて外に出す。で、棚板も真ん中1枚外して空いた所にネットのロールを引っ掛けて、その上に1.5mまでの防草シートとマルチ。2m以上の奴は現状の棚ごと行きます」
「棚ごとっスか…」
怖気づく溝口に、小寺は淡々と言う。
「ふたりいればそのまま台車に乗っけられるんで。そんな重くないです、50キロくらいなんで」
「はァ」
「持つ時は下持たないと抜けるんで」
小寺は不愛想ではあるが、必要な注意事項はとりあえず伝えてくる辺り、彼なりに気を遣っているのである。

そうして段取り通り、まずはホースリールを台車に乗せていると、カティルが時間を止めて警告を発した。
《間もなく時間経過が発生しそうです。まずいタイミングです》
(何だ?どういう事だ?)
《内容次第ですが、ネットの運搬、または棚の移動タイミングに飛ばされるかもしれません。飛ばされる瞬間の体勢、位置取りによっては大怪我をする危険性があります》
(おいおいおいおいマジかよ!どうすりゃいいんだよオイ!)
《思い切ってこの場を一旦離れるか、急に衝撃がかかっても耐えきれる体勢を取るか、ですね》
(離れた方が無難か?時間的猶予は?)
《恐らくですが、もって数秒です。全速力で走れば外には出られますが、何事かと思われるでしょうね》
(実質選択肢ゼロじゃねえか!対衝撃姿勢ってのは?)
《この場合なら、足を肩幅に広げ腰を落として、重いものを持ち上げるような体勢でしょうか。腹筋と指先に力を入れておくべきですね》
(その姿勢で時間経過を待つのか?)
《そうなります》
(クソかよ!)

果たして4秒後、溝口の体は悲鳴を上げた。およそ10分の時間経過があって、溝口と小寺は今まさに鳥避けネットのロールを棚に掛けようとする所だった。それ自体は大して重いものでもなかったが、半ば半信半疑でいた所に急に実体が重量を伴って出現したことで、体幹のバランスが崩れるのである。つまりは手の内に急に重量が加わったために、溝口はつんのめって前へ倒れそうになり、慌てて踏み止まったために、左足が攣ったのだった。
「ちょ、ヤバ…ああああ!」
「え、何?どしたの?」
「足が攣っぎぃぃ!」
「とりあえずこのまま引っ掛けちゃおう、今降ろすと絡まるからこれ」
小寺はまるで動じる事もなく言うが、今まさに絶体絶命の溝口からすれば、そもそも何をどこにどうやって引っ掛けるのかも知らないのだから、パニックなのである。

(やり方!やり方!)
《何も、停止している状況で焦らなくてもいいでしょう。まずは落ち着いて対処しましょう》
(実害食ってんのは俺だぞ!?)

ひとまずは刷り込み記憶の通りにネットを設置すると、溝口は人目も憚らずその場にひっくり返って足を伸ばしにかかった。そしてふと視界の端に長谷川の姿が見えると、彼女は溝口を心配するでもなくケラケラ笑っているとわかって、怒りと虚しさが同時に渦巻くのを感じるのである。

(なんだこの状況。何なんだマジで)
《貴方には残念な事ですが、現実です》
(地獄じゃなくてか?)
《それと、もうひとつ残念なニュースです。相川さん達が新聞部に入部するようです》
(地獄じゃねえか!)
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  1. 2019/05/11(土) 22:37:55|
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