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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #58 アルバイト初日

そしてまた翌日。学校での一日はつつがなく終わり、溝口はバイト先の事務所に直行する。
事務所内には誰もいなかったが、しばらく待っていると長谷川がやってきた。
「溝口さん、お疲れ様です。バックヤードは農機具売り場に扉があるので、そっちに向かってください。それと、スタッフ用のジャンパーを渡すので、ここで着ていってください。サイズはLで大丈夫ですか?」
幾分早口気味なのは、仕事が立て込んでいるからだろうか?口調も昨日とは異なっているが、今日からは同じ仕事仲間という事だろう、と自分を納得させる。
「多分大丈夫だと思います」
差し出されたそれを受け取ると、溝口は鞄から同意書を出した。
「これ、昨日言ってた親の同意書です」
「あ、貰います。…はい、大丈夫ですね。それでは今日から、お願いします」
「よろしくお願いします」
溝口は頭を下げたが、長谷川はそれに答えることなく足早に事務所を出ていった。

ともかくも渡されたジャンパーを制服の上に着る。既に6月に入って夏服になっており、ブレザーをどうするかについて悩まずに済んだ。
鞄は置いていくべきか迷ったが、ロッカーがあるという話を思い出して、持っていく事にする。
そうして事務所を出ようとした途端、長谷川が慌てたように戻ってきた。
「ああ溝口さん、ごめんなさい忘れてました!そこにタイムカードの機械があるので、来た時と帰る時は押しといて下さい!」
それだけ言うと、またバタバタと走り去っていった。

見れば棚の横に小さなテーブルがあり、時計にしか見えない機械が置いてある。その横のスタンドにはカードが10枚ほど差してあり、見ると溝口の名前が書かれたカードもあった。
溝口はタイムカードというものを知らなかったが、そこはわざわざカティルに聞かなくても、何となく使用方法はわかる。
自分のカードを手に取り、機械の上部に開いたスリットに差し入れると、カードは自動的に吸い込まれていき、ガチャリ、と音がして戻ってきた。見れば、今日の日付と今の時刻がスタンプされている。
なるほどと納得し、溝口は事務所を出た。

言われた通りに農機具コーナーを探す。バックヤードに通じているという事なのだから、店舗奥の壁際にあるだろうとアタリをつけると、すぐに両開きの扉が見つかった。
特に鍵もかかっていない、表に何の表記もない扉だが、そういえばこんな扉を開けたことはなかったな、という感慨が湧く。
多少の緊張を感じつつ、扉を押す。

内部は、暗い倉庫のようだった。照明はついているが、天井近くまで積まれた棚と段ボール箱のために光が行き届いていないのだ。
通路は台車を走らせる都合上きちんと開けてあるが、そこかしこに棚に収まりきらない段ボールが置かれ、積まれている。
天井のどこかで換気扇や空調が音を立てているが、空気の循環は不十分らしく、コンクリートと段ボールとゴムの臭いが沈殿していた。
周囲を見回していると、右手奥にもドアがあり、その窓から光が見えている。この倉庫内には人の気配がないので、恐らく隣の部屋が待機所になっているのだろう。

ドアを開けると、突然「うわっ!」と声がした。見れば椅子に腰かけた男性が一人、こちらを見て固まっている。
何がまずかったのかはわからないが、咄嗟に溝口は頭を下げた。
「スイマセン、今日からここで働く事になった、溝口です」
「ああ…ハイ、どうも…」
歯切れの悪い返事が返ってくる。それだけで溝口は、この男が陰気な人間であると理解した。両手を机の下に隠しているが、大方スマホか何かで遊んでいたのだろう。

突っ立っていても仕方がないので、ひとまず扉を閉め、室内を観察する。どうやらこの部屋は休憩所とか待機所として使われているらしく、中央には幅広の長テーブルがあり、その周囲にパイプ椅子が6脚ある。手前側の壁には流し台とポットが置かれており、奥の壁側には6人用の2段ロッカーがふたつ並んでいる。
長谷川からは特に何も言われていないが、自分用にあてがわれたロッカーもあるはずだと踏んで、まずはそれを確認する事にした。

ロッカーの取っ手部分には手書きのネームカードが差し込まれていて、順に見ていくが溝口の名は見当たらない。自分で用意するシステムなのだろう。空きは3箇所あって、いずれも下段なのは単純に利便性が悪いからだろう。
となればどこを選んでも大差ないので、適当にそのうちのひとつを選んで開く。中には仕切り網が一枚とロッカーの鍵が入っていた。
念のため、男性に質問をする。
「このロッカー、使ってもいいんですよね?」
すると、どうやらずっと溝口の動向を観察していたらしい男性は、幾分落ち着いた様子でしっかりと答えた。
「ああ、はい。空いてるとこならどこでも。名前ちゃんと書いといて、鍵もかけといてください。鍵かかってないと、何かあった時こっちが疑われるんで…」
自分が疑われたくないから鍵をかけろ、と言うこの男の性質に、溝口は自分とよく似たものを感じた。

「えーっと、小寺さんって言う人ですよね?」
念のため確認すると、男性はキョトンとしながら答える。
「あ、はい。小寺です」
投げかけたボールが返ってこない。要件は簡潔に伝えるべきだと理解する。
「長谷川さんから、小寺さんにバックヤードの仕事を教われと聞いてるんですが…」
「ああ…はい、そうですね。でもさっき表を補充したとこなんで、しばらくは仕事無いと思います」
話が終わってしまった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2019/04/19(金) 19:51:58|
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