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「あの日見た君の横顔を。絶対に忘れない」 #34 提案

熟考の結果、溝口は次の一文を送信した。実時間だけで見れば、先のメッセージから30秒と経っていない。
「他人の視点は理解を補ってくれるからな。こうなると、お前のノートにも興味が出てきた」
否定ではなく全肯定、これが溝口の出した結論である。個々の問題から論点をずらすような手ではあるが、他に方法がない。
どちらにせよ、この内容を最短で送信できた事に意味があるのだ。露骨に時間が空けば、どうしてもそこに邪推が入って額面通りには受け取って貰えない。しかし短時間での返信であれば、率直な感想として通りやすくなる。

程なく、牧村の返信。
『私のノートも写したいって事?別にいいけど』
狙い通り、話の軸を引き戻すのに成功である。続けてダメ押しにかかる。
「助かる。英語と化学が見たい」
牧村が何を得意としているのかなどは把握していない。が、国語系は白里の方が強そうに思えるし、数学や物理は露骨すぎる。地理と歴史は暗記モノとなれば、消去法でこの2科目が残る。
『化学はあんまり得意じゃないんだけど』
「それでもいい。違う視点から見るのが大事なんだし、どうせ俺よりは点数いいだろ」
ここで退く手はない。強引にでも押し切って結論を出し、そこで話を終わらせる。それが最善手であると溝口は確信していた。
だが、その目論見は次の一文で打ち砕かれる事になる。

『やっぱやめた。私のノート、白里さんのみたいに綺麗じゃないし』
溝口は思わず「はぁ?」と声を出した。今更何を言い出して話を振り出しに戻すのか、という苛立ちである。
「別に綺麗である必要もないと思うんだが。必要な部分はこっちで整理するしな」
取り繕うように書き込みながら、さては白里のノートと比較されるのが嫌なのだ、と考える。嫌なら嫌で構う事もないのだが、これで話が長引くのも面白くない。
『大体、こっちだけ見せるのが気に入らない。アンタのノートも見せてよ』
挙句こう返されて、溝口は困窮した。溝口のノートもなにも、そもそも日頃の板書が取れていないのだ。今現在勉強に使っているノートはあるが、それだけではあまりにも分量が少なすぎる。
「言われてみれば、俺のノートを見せるのも正直恥ずかしいな。適当過ぎる」
同意を装って幕引きを図る。
『普通そうでしょ。白里さんが特殊なだけで』
特別ではなく特殊と書いた辺りに、牧村が白里に向けた認識がわかる。溝口から見ても、白里のような自分に自信のないタイプは、牧村とは合わないように思える。溝口としても、牧村よりも白里のほうがずっと親しみやすい感覚があるのだ。

「残念だが仕方ない、諦めよう」
少しだけ時間を置いて、とはいえほんの1分程ではあったが、溝口は渋々諦めるという体をみせた。漠然とした形ではあるが、これに牧村が応じてくれれば話が終わると踏んだのだった。
けれども世の中、そうそう思い通りには運ばないものである。
『テストまで諦めるとか言わないよね?わからない所書き出してきなさいよ。教えたげるから』
『わからない所をリストアップするだけでも理解度の確認になるし、こっちも復習になるし』
『お互いわからなければ、その時は白里さんに聞けばいいじゃん』
怒涛の3連投が来て、溝口はぽかんと口を開けた。こうも一気呵成に来るとなると、牧村の中で既に結論が出ているに違いない。
となれば、その決定に水を差すのは悪手であろう。不明瞭な箇所をリストアップするという事であれば、新しいノートを使えばよいから、授業のノートを見せる必要もない。これから試験範囲を浚ってリストを作る面倒を除けば、悪い話ではないと思える。
「わかった。そうする」
溝口はこの話を混ぜ返さないことに決めた。
『よろしい。じゃあ明日チェックするから。時間になったし行くね』
「おう、頑張れよ」
送信し、ホッと息をつく。最初の着信から時間にして20分程度の事だが、ひどく長い時間に感じられた。
一旦休憩を取る事にし、部屋を出てリビングに向かう。

《随分と安易に、彼女の提案に乗りましたね》
(疲れたんだよ。何か問題がありそうか?)
《問題というか、白里さんのノートはどうするんです?まだ途中ですが》
(あー…そうか。せめて一段落はつけんと心証悪いよなぁ…)
《あちらを立てればこちらが立たず、ですね》

冷蔵庫から牛乳を出し、コップに注ぐ。母は洗濯物を干しているらしく、リビングのテレビはつけっぱなしになっていた。
妹は出かけており、父はどこにいるものかわからない。これについては以前から変わらない状態といえる。
これまでは気にしたこともなかったが、こういう状況になってみると、父がどこで何をしているのかが多少気掛かりになってきた。

(親父はどこにいる?)
《寝室で寝ていますね。特別用事のない休日はいつも寝室にいて、寝ているかノートパソコンで仕事をしているようです》
(そうなのか?)
《ここ5年ほどは同じような生活を続けているようですね》

牛乳を飲み干し、コップを流水で洗って水切り籠に入れる。溝口は自分自身がいかに家族に対して無関心だったかを理解した。実際、父とは同じ家で暮らしながら、ほとんど接点が無かったのだ。
今更その理由を考える余地はなかった。ここにきて溝口はようやく、かつての自分がどれほど腐っていたかを思い知ったのだ。
中学での挫折、それ以来精神的には引き籠りになって、しかし実際には登校拒否すらできずに世間に怯えて生きてきたのが、本来の溝口新という人間なのであった。
その事を今ようやく思い出したのである。

自室に戻り、溝口はなるたけ無心で机に向かった。考えるべき事はいくつかあったが、その何もかもが余計であるように思えた。
つまるところ、全てが自分の責任であったという事実を認めたくないだけなのである。かつての自分を肯定する気にはなれないが、今こうして持っている自意識の独立性が保証できない以上、せめて以前の自分を根拠にしなければ自分というものがわからなくなってしまう。
だが、かつての自分は唾棄すべきクズだった。ちっぽけな自尊心を守るために表面的なプライドを捨て、敢えて怠惰に生きることで「世間から見放されるのは当然」だと思い込もうとしたし、その責任を両親に求めた。言い訳を前提とした、醜い生き方である。
そんな言い訳を用意したところで、一体誰が耳を傾けてくれただろうか?他者の関心を自ら切り捨ててきたというのに。

であれば、この人生のターニングポイントは紛れもなく改変の日だった。強制的に物語の中核に組み込まれ、180度異なる人間性と認識を与えられた数日間の記憶が、今の溝口を形成したのである。
カティルとの同期以来改変の影響こそ受けてはいないが、それ以前に受けた改変の影響はまだ確かに残っていた。

だからこそ、それを認める訳にはいかないのである。例え全てが事実なのだとしても、改変のお陰で多少はマトモな人間になれました、などとは言える訳がないのだ。
けれども今はまだ、改変を否定する根拠さえ溝口にはない。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/12/30(日) 19:34:12|
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