FC2ブログ

有象無象ディメンション

Photofighter type-B Burst ignition

「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #33 同情

日曜日も朝から机に向かう。勉強も理解できるようになると面白くなってくるもので、これまでが嘘のように集中力が続く。
あるいはそれさえカティルによる操作の影響なのかもしれないが、それについては今は考えない事にした。
ただ、集中力は増しても元来の記憶力が改善されている訳ではないから、暗記ものについてはとにかく記憶していくしかない。
英単語をノートに書き取りながら、声に出してリズムを頭に叩き込んでいく。目で見た形、記述時の引っ掛かり、発音時の音階とリズムと、三方向からの認識を使うのである。漠然と行うのではなく、集中して10回反復する事で記憶は強固になっていく。

《暗記なら、刷り込みを行った方がずっと早いですよ》
(そりゃ早いだろうが、効率だけが全てじゃない。それに、中間テストの出来がどれほど大切だ?大した問題でもないだろう)
《随分と意識が変わりましたね》
(刷り込みはデメリットが大きいように思える。違和感を捨てろと言うが、簡単な事じゃない)
《慣れておく必要があるのでは?》
(お前の操り人形になるつもりはない。俺の命が懸かった状況でもなければ)
《信頼して頂きたいものですが》

溝口はフン、と鼻で笑った。そもそも記憶や意識に直接関与できるような存在に対して、依存などするべきではなかったのだ。
けれども実のところ、溝口自身その反発心が無駄な抵抗でしかない事を理解はしていた。カティルは前置きとして意思の確認を取るが、もし必要なら、溝口の了解を取らずに記憶を全て書き換える事すら可能であるはずだ。
あるいは今この人格すら、既に書き換えられたものである可能性は否定できない。そもそも溝口新という人間は、本当に存在していたのだろうか?それさえも本当のところはわからないのだ。

そんな事をいくら考えても仕方がない。頭では理解しているのに、感情がいつまでもくすぶっている。その感情があるからこそ自分は自分でいられるのだ。しかし不要なものでもある。
集中力を欠いたまま惰性で書き記したenvironmentalという単語の列に斜線を入れ、再度書き直す。

不意にスマホが鳴動した。ベッドの脇で充電したままだったそれを手に取り見ると、牧村からのメッセージが来ている。
怪訝に思いながら内容を見ると、牧村と思しき女性の自撮り画像だった。一見で牧村だと断定できないのは、そこに写っている女性が明るいメイクとストレートの髪形で、純白のレースのトップスを着ていたからだ。
溝口が普段見ている牧村という女子は、ほぼノーメイクで機能的な髪形を好む。私服は一度しか見ていないが、派手な格好は好まないイメージがあった。この写真に写っている人物を女性的な美女と表現するなら、普段の牧村は男性的な美人といえた。

つまりはそのギャップこそが、普段の彼女とモデルとしての彼女を分けているのだろう。溝口がそう納得した瞬間、
『間違えた』
と、メッセージが届いた。どうやら牧村は、その自撮りを川上に送ったつもりらしかった。

だが、それは表面的な解釈である。牧村がモデルである事を知っているのは、川上と溝口だけである。そんな状況で送る相手を間違えるなどというミスをする訳がない。であれば、間違いを装って溝口に自分の姿を見せようとした、と考えるのが妥当である。

(焦点は?)
《ありません。彼女は貴方の気を惹きたいようですね》
(…可哀想なもんだ。向こうは向こうで宙ぶらりんの操り人形をやっている)
《それぞれに自意識が介在するのは事実ですよ。…ともあれ、即既読状態ですね。気の利いた返信をどうぞ》
(そんな事言われても…いや、言われんでも)

言葉通りの同情、である。立場は違えど、溝口と牧村はお互い同じ様に、自覚の持てない所で状況に操られている。
牧村の事はあまり好きではない。だが今は嫌いではない。同情が勝る。そのような情動を植え付けられて履行するだけの彼女を、どうして嫌えようか?むしろ慰めこそが相応しい。
今は、この関係性を表面的にでも維持していく必要がある。既にかなり逸脱してしまってはいるが、溝口は溝口新というキャラクターでなければならないのだ。あるかどうかわからない敵の隙を突くためには、駒であり続けなければならない。

逡巡した結果、溝口は
「おいおい、すげー美人だな」
と、あからさまなお世辞を返した。無論、そのとぼけた回答が相手の自尊心をある程度満足させるだろう、と計算しての事である。
すると、このメッセージには即座に既読がついた。こちらの反応待ちをしているだろうとの推測は当たりで、カティルに確認を取る必要さえ無かった。
間もなく、折り返しが来た。

『そう?』
いかにも素っ気ない反応である。溝口の方がとぼけてみせたので、そのお返しという所だろう。牧村が溝口に好意を抱いているという現状を鑑みれば、照れ隠しであるとも考えられた。
ともかくも、これは挨拶に過ぎない。かといって、真意を探るというような話でもないのだろう。溝口はそう直感する。
「仕事中なのか?」
『今は待機中。前の撮影がだいぶ押してるみたいで』
「それで川上相手に暇潰しするつもりだったのか」
『そんなとこ。でもアンタでもいいよ、面白い事言ってくれれば』
そっちの都合だろ、と溝口は小さく毒づいた。同情があるとはいえ、やはり牧村の言動は癪に障る。
「面白い事なんて無えよ。こちとら勉強中だっつうの」
暗に切断を促す。

『真面目にテスト勉強してんだ』
そりゃあやるだろ、と書き込もうとして、やめる。牧村が仕事を優先しているのだから、これは露骨な嫌味になるからだ。
「暇だからな。バイトもしてねえし」
『暇だからで勉強するようなキャラかよ』
「今回は結構手応えがあるんだよ」
何気なく返す。

少し間が開いて、
『それって、白里さんのノートのおかげ?』
と返ってきたので、溝口は舌打ちをした。面倒臭そうな所を突いたか、という後悔である。迷うくらいなら聞くなよ、という苛立ちも勿論ある。
そうじゃない、他に理由がある…という言い訳は可能だろう。しかし何故そうできるのかという所で、どの道ターニングポイントとして白里の名が挙がるのは避けられないのではないか?そんな懸念があった。
だが、鈍感主人公よろしく無頓着に肯定を返す訳には、絶対にいかない。そんな事をすれば空気が悪化するのは目に見えているし、焦点が来ていないとはいえ、ここで発生した小さなささくれは後々禍根を残すかもしれなかった。

気が付けば、時間が止まっていた。長考になればそれはそれで面倒な事になりかねないので、カティルが気を利かせたのだろう。

(助かる)
《大丈夫、まだ2秒と経過していませんよ》

最善手を探るという点では、カティルの存在はアドバンテージではあるのだろう。わざとヘマをされない限りは。
スポンサーサイト

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/12/27(木) 21:57:41|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0


  5. にほんブログ村 その他日記ブログ その他30代男性日記へ
    押してくれとは言えないが
<<温泉に泊まった | ホーム | だめでした>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://photofighter.blog121.fc2.com/tb.php/3778-fbb75a27
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

酔狂な人達

プロフィール

オレンジ02

Author:オレンジ02
徒手空拳で世の中エグろうと試みる人、俺。
ブログ名義でツイッターもやってます。

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

リンク

ブログ内検索

RSSフィード