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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #32 変移

目を覚ますと、溝口は自分がすっかり眠ってしまっていたのを知った。時計を見ると、11時を回っている。3時間ほど経過した形だ。

(おい、一体どうなった?どういう事だ?)
《どうやら、短期記憶が許容量を超えたらしいのです。それで脳が情報を許容できなくなり、記憶を整理し格納するために睡眠状態に入ったと考えられます》
(短期記憶?)
《そうですね…簡単に言えば、脳には2種類の記憶領域があるのです。ひとつは見たもの感じたことをそのまま格納する短期記憶、もうひとつは短期記憶を整理・圧縮し、他の記憶と関連付けることでより強固なものとする、長期記憶です。
 一般に、短期記憶は20分程度しか持続しないとされています》
(20分?それじゃあ全然足りないじゃねえか)
《いえ、20分というのは記憶を維持できる時間です。情報量ではありません。いずれにせよ刷り込みの記憶はあくまで上乗せでしかありませんから、どれだけ量があっても短期記憶になるのです》
(…で、問題なのは情報量なんだな?それが限度を超えたのか)
《はい。コンピュータのメモリのようなものだと考えればよいでしょう。通常、短期記憶は短期間で消えるものですから、あまり多くの記憶量を必要としません。ですが稀に、極端に情報量の多いものを認識させられる事で意識を失ったり、体調を崩したりする事があります》
(…コンピューターの例えはよくわからんが、てんかんの発作みたいなもんか)
《そのように考えてよいでしょう。さて、どうですか?先程の記憶については》

溝口は目を閉じ、刷り込まれた記憶を振り返る。

(…そうだな、あちこち曖昧になってる気がする。具体的にどうとは言えんが、多分、3分の1ほどは抜けてそうだ)
《いえ、半分近くは具体性を失っていますね。それでも半分は残ったのですから、残りを埋めるのはそう難しくないでしょう》
(最初からこうなると解ってたんだな)
《はい。ですから言ったでしょう、試したい事があると。これは貴方に即席の知識を植え付けて状況に対処するためのテストであり、その許容量を量るために行った実験です。今後、専門的な知識が必要になる事態もあるでしょうから》
(…それを俺に説明していれば、実験台にするなと反発するとでも思ったのか?)
《いえ、ですが今はテスト勉強にかこつけさせて頂きました。どちらにせよ説明は必要になりますので》
(まあこの際、どっちでもいい。いずれにせよ、この許容量は広がるものなのか?重要なのはそこだろう)
《はい。許容量については、体調や状況によって左右されます。しかし重要なのは、この刷り込みの記憶について貴方が違和感を覚えれば覚えるほど、情報に不純物が混ざってくるという事です》
(感想を挟まず率直に受け入れろという事か。それができれば自己分裂の危険性も減るだろうが、作り物の記憶に俺自身が影響を受け過ぎる事にもなるよな?)
《勿論、挟み込む記憶についてはこちらも必要以上の影響を及ぼさないようにします。貴方が本来の人格や即応力を失う事になれば、本末転倒ですからね》
(そうか?情報体でしかないお前が欲しいのは、思い通りに動かせる端末としての人体だろう。最低限の認識能力さえ残っていれば、個人としての知識や思考など不要だろうに)
《否定はしませんよ》

溝口はひとつ溜息をつくと、椅子の背もたれに体重を預けてぐっと背筋を伸ばした。そうして仰け反ったまま、わしゃわしゃと頭を掻く。
感覚はある。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、痛覚…どこをとっても異常はない。だが…

(俺は、改変者の提示する溝口新という外套を纏っておきながら、こうしてまた本来の自分とはかけ離れた存在になっていくのか?)
《相手はこの世界の神です。生き延び、抵抗するためには、あらゆる手を打つ必要があります》
(そして俺には拒否権さえ無い。選択の結果は俺と世界が背負わされるのにな)
《私もまた世界の一端に過ぎません。私だって生き延びたいのです。世界が滅びるとなれば、私達は運命共同体なのですから》

それから正午になるまで、溝口はただ数学の教科書と参考書に目を通していた。どのような形であれ、先程刷り込まれた記憶の情報は溝口の理解と学習能力を大幅に向上させているようだった。
こと重要だったのは、学習の方法である。これまで溝口は、公式をただ覚えて例題に当てはめるという、目先の問題さえ解ければよいという考えで漠然と当たっていた。しかしカティルに見せられた記憶の中で溝口は、数学の根幹が四則演算にあるという事を思い出したし、公式というのは計算処理における一つの結果であり過程であると理解した。
そして重要なのは、言葉や記号の持つ意味、定義をきちんと理解する事である。数学は計算で答えを求めるものだが、計算を間違えないというのはそもそも当然であって、要求されているのはどのような方法を用いれば正しい解に辿り着くのかを考える事なのである。
そうして見れば、教科書に載っている例題のひとつひとつに深い意図が隠されているのに気付かされるのだった。

とりあえず例題に挑むのではなく、自分の理解を確かめるためには自然と例題を解きたくなるのである。そこで間違いがあったなら、どこで何を間違えたのかを順に辿っていく。がむしゃらに数を解く必要などなかったのだ。

集中していたために、階下から呼ぶ母の声に気付くのに時間がかかった。あっという間に昼食の時間である。
リビングに入ると、母と妹が食卓について溝口を待っていた。

「何やってたの?どうせ休みだからって二度寝でもしてたんでしょ」
母のその指摘は決して間違ってはいないが、溝口は少しだけ苛つきながら否定した。
「テスト勉強やってたんだっつーの。折角いい感じに集中できてたのに…」
苦い顔で席につき、無言で手を合わせる。と、妹が奇異の目を向けているのに気付く。
「…何だよ。なんか変か?」
聞くと、妹は首を小さく横に振った。否定のポーズではあるが、溝口の言動や挙動に違和感を感じているのは確かだった。

改変による余波が届いていないためだろうと溝口は断定し、自分を納得させる。この状況では、そうやって自分自身を肯定するより他にないのだ。
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  1. 2018/12/24(月) 22:08:33|
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