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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #28 借り

牧村は先の発言の直後、慌てて周囲を見回した。つまり先程の言葉は、口を滑らせたのだろう。
普段はクラス委員を務めてしっかり者で通っている牧村が、溝口と二人という状況でうっかり口を滑らせるほど気を抜いているのだ。もとい、気を許していると言うべきか。
溝口はザワつく気持ちを抑えつつ、呆れた風を装った。
「誰もいねーよ、まったく」
「…そうみたい。あー、焦ったー」
再度のオーバーリアクション。その砕けた話し方さえ、他人から見ればイメージが変わるにちがいない。それが良い方向にせよ悪い方向にせよ、牧村というキャラクターの本質がこれである事については、疑問を挟む余地はなさそうだった。

図書室を出た頃にはまだ残っている生徒がそれなりにいた筈だったが、それから一体何分が経過したのか、玄関を出ても他の生徒の姿は見当たらなかった。
振り返って正面玄関上に取り付けられているアナログ時計を見ると、18時30分を過ぎていた。保健室にいた時点で時間経過が発生していたのだろう。
「何、どうかした?」
牧村はそう言うと、溝口の視線を追って校舎を見上げる。
「いや、今何時かと思って」
溝口が率直に答えると、牧村は「ふーん」と言った後、
「溝口ってさー、家帰ったら何してんの?」
と訊いてきた。
「え、何急に」
聞き返すと、
「アンタって、授業終わったらすぐ帰るじゃん?この時間には家帰って、部屋にいる訳じゃん?」
と言う。そう言われればその通りなので、溝口は頷く。
「まあ、大体そうだわな。それで何してるかってか」
「そ」

答えようとして、溝口は言葉に詰まる。以前であればソシャゲで暇潰しだと言えたのだろうが、今となっては昔の話である。一方この状況になってからはまだ日が浅い上に、このところはテスト勉強しかしていない。そんな答えでは、牧村は到底納得しないだろう。
そうして少し考えた結果、漠然と出た答えはこんなものだった。
「…何だろうな。見もしねえテレビつけて、読みもしねえ雑誌広げて、なんとなくボンヤリしてっかなぁ」
この言葉に他意はない。ゲームに興味がなくなった今、目的意識がなくなれば自分がどうするか、という仮定である。
だが、牧村にとっては違う意味に聞こえたようだった。
「それってさ、やっぱ…私のせい?」
明らかに落ち込んだ牧村の声音に、溝口はその意図が掴めないまま取り繕おうとするが、口を開く直前にふと気付いた。
牧村が聞きたかったのは、『溝口新というキャラクター』が牧村を庇うために新聞部を辞めて、以後何をやっていたか?という事なのだ。
であれば、ここで出すべきはいい加減な慰めの言葉ではない。キャラクターとしての演技である。
「…お前のせいだなんて、一度も思った事はねえよ。俺は俺のやるべきだと思った事をやっただけで、ケジメをつけるために退部した。暇にはなっちまったけど、後悔なんか全然ねーから」
きっぱりと言い切ると、牧村は少し遠慮がちに微笑んでみせた。
「そっか」
「そうだ」
溝口は再度、強めの口調で断定した。牧村の弱みを握り、一方的に恩を着せた結果がこの関係性だなどとは、思いたくなかった。

「なあ。俺さあ、お前にいくら借りてたっけ?」
尋ねると、牧村は少し逡巡した後、指折り数えながら答えた。
「いくらって…日曜に五千円でしょ。その後で二百円カンパしたのはノーカンとして、先月五百円立て替えたよね。その前にも千円貸してなかったっけ。
 …あ、そういえば去年の暮れに三千円貸してたじゃん!すっかり忘れてた」
牧村は一人で何事か納得している。溝口にしてみれば、キャラクター性のために身に覚えのない借金が倍ほどに膨らんでいたのを知り、身がすくむ思いである。苦笑しつつ、
「じゃあ、全部で九千五百円か」
と纏めると、牧村は呆れ顔で付け加えた。
「何言ってんの。『絶対、倍にして返す!』って、アンタが言ったんじゃん。私、ずっと待ってるんですけど?」
無論、溝口にはそんな事を言った記憶はない。キャラクターとしての言葉なのかもしれないが、真偽を知る必要はなかった。
「…マジで?」
「マジマジ。大マジ」
牧村はそう言うと、無邪気にケラケラと笑う。互いに貸し借りがあって、それで対等。それでよいのだ。

「ほぼ二万円かよ…悪い、もうちょい待っててくれ」
多少は申し訳のない気分で手を合わせると、牧村は全く気にも留めずにあっけらかんと言う。
「別にいつでもいいけどね。バイトとかやんないの?」
「バイトなー。つってもウチの近所だと、どこも募集してねーしな」
これは本当の事である。世界が改変される以前、溝口はアルバイトを探した事もあった。だが鉄道沿線や昭和台の付近に高校生を受け入れてくれる募集先はなかったのだ。
「幹線国道沿いまで出れば、飲食で何かしらあるらしいとは聞いてるんだけどな。問題は距離で、自転車で片道30分はかかる」
溜息交じりに言うと、牧村は不思議そうな顔をした。
「片道30分?大した距離じゃないじゃん。私の職場なんて東京なんですけど」
「お前なあ…自分の仕事と比べるなよ。こっちは学校帰りに時給で働こうってんだぞ。往復1時間かかったらその分全ロスだよ」
「それはそうかもだけど、収入ゼロよりマシじゃない?」
圧倒的な正論に、溝口は返す言葉もない。言われてみればその通りで、牧村からすればまさに自分自身がそういう生活をしているのだ。
「いくつかある条件を全部満たすような仕事なんて、そうそう無いでしょ。たまたまそういうのに巡り合えたらラッキーだけど、巡り合えないからってボーッと待ってても仕方ないじゃん?妥協する所は妥協して、とりあえず何かしらやってみないと。人生損しちゃうよ」
「まあ…それはそうだな」
溝口はその牧村の現実的な考え方に感心し、同意をする。

少しすると、牧村が何かを思い出したように言った。
「そうだ、誰かが言ってるの聞いたんだけど、学校前駅の所の喫茶店でバイト募集してるらしいよ。そこなら帰り道だし、いいんじゃない?」
「あのなあ…」
そこは宮野の実家だ、と言おうとして、やめる。牧村がその事を知らないのであれば、ここでわざわざ指摘する事ではないのだろう。
「…学校に近すぎても、何かと面倒だろ。大体あそこ、バイト募集するほど客入ってないんじゃないか?」
「あー、確かにそうかも」
それで納得してくれたので、この話はこれで終いということになった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/12/12(水) 21:08:49|
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