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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #27 一言の意味

中腰のまま保健室の戸を開けると、照明は点いていたが中には誰もいなかった。その理由について考えるのはもはや無駄なのだろう。
薬品棚を見ていくと、すぐに目当ての湿布薬が見つかった。絆創膏に消毒液など、使用頻度の高いものほどわかりやすい場所に置いてあるだろうという推測が的中した形だ。
箱から一枚取り出すと、溝口はブレザーを脱ぎ、3つ並んでいるベッドのひとつに俯せた。シャツの背中を捲り上げ、ズキズキと痛む部分に手の甲を当ててみると、わずかに熱を持っている。

《軽い打撲ですね》
(見てもいないのに、何故そう言える?)
《貴方の感じている痛覚、そして認識していない微細な情報からの診断結果です》
(認識の集合体というくせに、本人が認識してない所まで解るのかよ)
《正確には、認識する必要がないから認識していないのです。例えば、草原に暮らしている人々の視力は2.0を超えますね。しかし実際的な視力としては、2.0のままなのです。見えているものは同じなのですが、その情報を処理する能力に差がある。より遠くの獲物、敵を発見するために、認識を深化、注意を研ぎ澄ませている結果がその視力なのです》
(センサーは同じでも、識別能力に差があるって事か)

程度の軽い打撲であれば、治癒にはそう時間もかからないだろう。ひとまず安心しつつ、後ろ手に湿布を持ち患部に当てる。が、位置合わせがどうもうまくいかず、皺が寄った状態で患部の少し上に貼り付いてしまった。
気にはなるが、わざわざ剥がして貼り直すとしても、うまくいく保証はない。かといってこのままでは若干気持ちの悪い思いをするだろう。
悩むほどの問題ではないのだが、横になっているとなんだかすっかり気が抜けてしまって、考えるのが億劫になってくる。先ほどまでの緊張から解放されたという安堵感に、ついつい欠伸が出た。

と、保健室の戸をノックする音がした。次いで戸が開くと、牧村が入ってきた。見れば、両手に鞄を二つ持っている。そうして保健室内を一瞥すると、溝口に向かって尋ねた。
「先生いなかった?」
「いない。なんか用事か?」
答えると、牧村は白けたような目で溝口を睨んだ。
「アンタにでしょ。ほらカバン、持ってきたから」
言いながらつかつかと近付いてくると、隣のベッドに腰を下ろした。そうして溝口の背中に目をやり、
「ホントに怪我してたんだ。にしても雑、もうちょっと丁寧に貼れない?ズレてるし」
そうぼやくと、おもむろに湿布を剥がしていく。一瞬背筋に触れた指の柔らかい感覚に、溝口は小さく体を震わせた。それを見て牧村はケラケラと笑う。
「アハハッ、今ビクンってなったでしょ!そこ触られるの気持ちよかった?」
傍から見れば他愛のない悪ふざけなのだろうか?溝口は、白里の登場以来妙に親密さを高めてきた牧村に、大いに戸惑っていた。
「なんでもいいから、ちゃんと貼ってくれよ」
平静を装うためにそう言いはするが、心臓は明らかに高鳴っている。同い年の異性に剥き出しの背中を一方的に嬲られるなど、17歳の初心な少年からすれば性行為にも等しい。欲を言えばもっと触ってほしいのだが、そんな事を考えていられるような状況ではないはずなのだ。次の接触に耐えられるよう、ぐっと奥歯を噛む。

そんな溝口の努力に勘付いたか、牧村は悪戯っぽく笑うと、溝口の背筋にそっと人差し指を這わせる。溝口は歯を食いしばり押し寄せる快感を堪えつつ深呼吸で脈を整えようとするが、下半身は再びすっかり硬くなってしまっていた。
「あのなあ…!」
このままではまずいと、少し怒気を含んだ声で制止を試みようとした途端、背中にビシッと冷たいものが貼り付いた。
「――っ!!」
「はい、終わり」
牧村はあっさりとした口調で言い放つ。先程までの艶っぽさが嘘のような豹変ぶりに、溝口の下半身も急速に熱を失っていった。

体を起こし服装を直しながら、溝口は牧村に話し掛ける。
「まあ、とりあえずサンキューな。他の奴らは?」
「もう帰った。多分ね。白里さんは顔真っ赤にして走ってったけど」
牧村は答えながら、ぶらぶらと保健室の中を見回している。普段そう来る所ではないから、物珍しいのかも知れなかった。
白里が走り去ったと聞いて、溝口はなんとも言えない虚無感に溜息をつく。
「…まあ、無事だったみたいで何よりだ。下手したら怪我じゃ済まんとこだった」
「ホント、よくやるよね。アンタも」
「何がだよ…」
そのように呆れ声で言われると、今は悪い意味にしか聞こえないのが男のサガである。渋い顔をしていると、牧村は振り返り、どこか寂しそうな笑顔を見せて言った。
「アンタの、そういうとこ」
それが一体何を意図した言葉なのか、溝口にはわからない。仮に何か含みがあったとしても、その事情はあくまで『キャラクターとしての溝口新』に向けられたものでしかないのだろう。

「ね。送ってってよ」
牧村のその唐突な言葉に、溝口は自分の耳と頭を疑った。
「送るって…俺?」
「他に誰がいんのよ。ほら、外もう暗いじゃん?私はアンタのせいで帰るのが遅れたんだから、そのくらいしなさいよ」
若干不機嫌そうに言う牧村に年相応の子供っぽさを感じつつ、溝口は窓から見える空が確かにもうすっかり暗くなっているのを確認して、重い腰を上げる。どのみちここで時間を潰していても仕方ないのだ。
「しゃあねえな…行くか」
「そうそう。人間素直が一番」
連れ立って保健室を出る。

下足箱で靴を履き替えながら、溝口は無駄話を振る。無理にでも喋っていないと気まずくなるような気がしたからだ。
「で、本は返せたのか?」
「なんとかギリッギリ。滑り込みセーフ」
牧村の声音は明るく、冗談めかしてすらいる。これは完全に友人、それもかなり親しい関係における話し方である。だが、そうなった理由を尋ねるのはタブーなのだろう。原因があるとすれば、それは溝口の過去の言動にあるのは間違いないからだ。
「…どんな本借りてたんだ?お前、普段そんなに本読んでたっけ?」
とぼけた台詞。これは距離感の再確認である。そっちはともかくこっちは知らないぞ、というアピールなのだ。
すると牧村は、思いの外あっけらかんと答えた。
「あー、私、学校では読まないしね。時間あるときに図書室寄って、適当に暇潰せそうなの借りてんの。でもほら、撮影の合間合間ってなかなかまとまった時間取れなくてさ…全然読んでないのに、返却期限になってるのね」
知らない情報である。溝口が『撮影』について尋ねようとすると、時間が停止した。

(撮影…知っておかないとまずい事か?)
《はい。貴方と牧村さんの関係において、根幹にあるものです。簡単に言えば、牧村さんは学校に内緒でモデルの仕事をしています。この事を知っているのは川上さんと貴方だけで、貴方は去年、牧村さんに対する疑惑を晴らすために新聞に嘘の記事を書き、それが原因で退部したという事になっています》
(…新聞部設定にも関わってる話か。待てよ、て事は宮野の設定が出てきた時点で判ってたのか?)
《はい。ですが、その時点では知らせるべきではないと判断しました》
(なんでだ?別に知っておいて悪い事でもないだろうに)
《牧村さんとの関係性がネガティブだったからです。これまでの牧村さんは、借りを作ったという一点で逆恨みに近い感情を貴方に抱いていました。しかし今日、その印象が書き換えられた事で――》
(そこだ。何故こんな事になってる?正直さっぱりわからん)
《覚えていますか?貴方が白里さんを紹介した後に付け加えた、『どうする?』という言葉です。貴方が無意識にこの一言を付け加えたために、貴方は『興味本位で物事に首を突っ込む無作法者』から、『自分にとって興味を持てない相手に対しても優しさを向けられる人格者』へと変化したのです。その影響が人間関係を更新しました》
(…いや、意味がわからん。たった一言だぞ)
《その一言に重大な意味があった、という事です。ともかくも、あの瞬間から貴方がこの物語にとって中心的人物へと変容したという事だけは、把握しておいてください》
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  1. 2018/12/10(月) 21:52:38|
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