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「あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない」 #19 過去

そのパンケーキは、あまり飾り気のないものだった。厚手のホットケーキに粉砂糖とシロップがかけてあるだけのように見える。
ナイフを入れると想像以上に柔らかい。切り取ったパンケーキを口に含んだ途端、しっとりした食感と共に口の中にバターの香りが広がった。
「成程…」
それこそが、指示にはない、溝口個人の素直な感想である。彼はこれまでパンケーキというものを食べた事がなく、ホットケーキと何がどう違うのか理解できずにいた。それが今日、『パンケーキとは、上品なホットケーキである』というのがわかったのである。
丁寧に作ってあるホットケーキなのだから、不味いはずがない。続けざまに二口、三口と食べる溝口を見て、宮野は満足げに笑ってみせた。
「どう?結構なもんでしょ。専門店にだって負けてないんだから」
そう言われて、溝口は一瞬返答に窮する。カティルからの台詞指示は『まあまあだ』というもので、これは強がりにしてもあまりに不作法すぎると思えたからだ。
咀嚼で少しの間を作り、飲み込んで、慎重に自分の言葉で返す。
「…正直言って、パンケーキってのは初めて食べた。専門店のがどういうモンかは知らんが、これはうまいと思う」
「あら、本当に思ったより正直」
宮野にしてもこの返答は想定外だったようだ。

パンケーキを食べ終え、コーヒーを一口飲む。本題を切り出すタイミングはここしかないという所で、やはり指示が来た。
だが、宮野はまだ食事中である。人がものを口に入れている時に話しかけるのは、あまり行儀の良い行いではない。
食事中の作法について、溝口はその家庭環境において小さい頃から、そうするのが当たり前であるかのように、身につけてきた。
それは、溝口の母親が良家の出であったためである。箸の持ち方は当然として、食器の持ち方や食べる順番、食事中の姿勢に至るまで、物心つかない頃から丁寧に教えられ、体に染みついている。
今となっては溝口自身、食事中の自分が周囲から若干浮いているのを理解していた。しかしその事で不利益を被るという事はなかったし、周囲に合わせるためには、自分自身不愉快にならない程度には崩しもする。昼食を専ら購買のパンで済ませるのも、それが主な理由であった。

食事をしている相手をじっと見るのも不作法なので、薄いカーテン越しに往来を見る。この時間は6限で終わる生徒の帰宅時間からはズレていて、電車も先ほど出たばかりで人通りが全く無い。やはりこの商店街は、泉光高校生徒くらいしか利用する者がいないのだ。であればとても商売になどならない筈で、これらの店はこれからどのように営業を続けていくのだろうか?
いや、そもそもこれらの店は一体どこからどのように発生したものであろうか?以前この場所に存在した?あるいはどこかの店のコピー?それとも、完全にゼロから創造されたものなのだろうか…?

その思考をカティルに伝えようとした途端、宮野が口を開いた。
「アンタもしかして、ここに何しに来たか、忘れてるんじゃないでしょうね?」
咄嗟に(神が痺れを切らしたか?)と判断し、指示を待たずに答える。
「そりゃ、こっちのセリフだよ。コーヒーだパンケーキだと充分堪能させてくれて、果たしてこのまま帰っていいのかどうか思案してたとこだ」
「あら?いい心掛けじゃない。だったら、レーティアさんについて知ってる事、全部話してくれるよね?」
皮肉めいた言い分はお互い様である。どの道素直に話すなどとは思ってもいないのだろう。無論、溝口にしても話すつもりはない。
どの道、神からの指示は溝口には合わなくなってきている。この状況がパターン破りの結果であるなら、今更また恐れて萎縮する必要はないと思えた。

(まどろっこしいな。腹の探り合いはもう充分だ。ここからはアドリブでいく)
《もう充分アドリブですよ。重要な情報があれば知らせます》

「前にも言ったが、俺は本当に何も知らんのだぞ。逆に聞きたい、なんで生徒指導室に行かなかった?レーティアさんに呼び出しがあったのを知らないのか?」
切り出すと、宮野の表情が少し硬くなったように見えた。真剣になったという事かもしれない。
「言っとくけど、私はアンタの『知らない』は信用してない。レーティアさんが風紀委員に呼び出されたのも知ってる。
 その上で、この件にアンタが噛んでるならレーティアさんを追っても無駄だって思ったの。どうせ川上さんか牧村さんに足止めを頼んでるんでしょ?」
一瞬(読まれている)と思ったが、そうではない。そもそもが後出しジャンケンなのだ。宮野が溝口をよく知るキャラクターであるのは解ったのだから、これは不思議でも後手に回ったのでもない。
しかし、そこを認めてしまえば付け入るスキを与えてしまう事になる。
「そりゃあ、いくらなんでも深読みしすぎだろ」
とぼけてみせると、宮野はムスッとした顔で付け加えた。
「一応言っとくけどね、私、アンタらが昼休みの屋上で相談してたの知ってるから。バレないように距離とってたせいで何を話してたのかは聞き取れなかったけど、アンタがあの連中を丸め込んだのはわかってるの」
「どこまで聞こえてたのかは知らんが、それこそ勘違いだぜ。そもそも俺が呼ばれたのは、新垣先輩に対処するためだ。レーティアさんの秘密が何なのかは知らされてないし、ぶっちゃけ知りたいとも思ってない。興味がない」
平然として答える。実際、それは半分くらいは本当の事なのだ。

が、そこで宮野の表情が変わった。勝ち誇った顔という比喩表現がしっくりくるような、そんな晴れやかな表情である。
「そう。アンタはあの連中とはあまり関りがない、そう言いたいのね?そうなんだー、へーぇ。
 …じゃあ、昨日の朝、アンタはあの4人とどこに行ったのかな?随分と恰好なんかつけちゃって、そのくせ牧村さんに会った途端に土下座までしてたわよね?あれ何?」
何だと言われても、と言い返したい気分で再度窓の外を見た。自分の後方に目を向ければなるほど確かに、そこからは駅が見えていた。

相手が溝口を追い詰めるつもりなら、後からいくらでも状況を作れるのである。それが解ってはいても、追及される気分というのは決して良いものではない。
このままとぼけ続けても、その都度後出しの証拠を提示されるのだろう。それで最終的には宇宙人という単語にまで行き着くのかもしれない。
であれば、ここは一旦引き下がるべきだろう。何を知っていて何を知らないのか、まずそこを明確にした方が良い。

「わかったよ、降参だ。お前の言う通り、俺はあいつらとつるんでる。昨日はレーティアさんの買い出しに付き合えと呼び出されたんだ。土下座はまあ…金がなくてな」
「土下座してお金借りたの!?呆れた…。ここ来れば貸したげたのに」
「お前に借りを作んのは怖いんだよ」
何気なく答えてみせた後、少し引っかかる感じがした。だが、それが何なのかはわからない。

宮野はいつの間にかICレコーダーをテーブルに置き、しっかりと会話を録音していた。『言質』の可視化という訳だ。
「それで?電車に乗って、どこに行ったの?」
「徒貝のショッピングモールだ。ただ、俺は現地ですぐ別行動になったから、あいつらが何を買ったかとかは知らん。昼飯を一緒に食った位で、帰りも別々になったからな」
事実を淡々と話すと、宮野は露骨に不満げな顔をした。
「何それ。結局何もわかんないじゃない!そもそもアンタ、一緒に行く意味あったの?」
「それについては俺が聞きたいくらいだ。結局、電車賃やら飯代で借金を増やしただけだからな」
「はぁ…」
宮野は頭を抱え、溜息をついた。

が、ここでまた疑問が顔を出す。
「なあ、なんで疑わないんだ?ただ何をするでもなく行って帰ってきただけなんて、いかにも馬鹿馬鹿しくて嘘臭い話だろうに」
よせばいいのに尋ねると、宮野は苦笑いをしながら答えた。
「何でって…いかにもアンタらしい話だからじゃん。取材に行って手ぶらで帰ってくるなんて、日常茶飯事だったくせに」

刹那、時間停止が来た。

《重要な情報です。貴方は元・新聞部だったようです》
(そういう事か…。これでこの関係性に得心がいった)
《それだけではありません。現在、新聞部は彼女一人です》
(てぇ事は、俺が辞める前は二人で組んでたのか。道理で無駄に距離が近い訳だ)
《まるで恋人のようですね》
(そういうの、マジでやめてくれ。こっちも薄々そんな感じはしてたんだ。意識すると諸々やりづらくなる)

時間が動き出しても、溝口は先の言葉に対しどう返すべきかわからなかった。
内容だけを見れば、これは溝口の嫌う『わかったような言葉』である。それは設定に沿うだけの内容で、物事の本質を捉えていない。だが、宮野の言うそれは牧村とは違い、欠点をあげつらうものではなく、ただ容認するだけのものだった。
そのことが現実に即していないとしても、そのように他人に認めてもらうというのは、溝口にとって初めての経験なのだった。

だから、溝口はその瞬間必死に考えて、考えて、そうしてたった一言「それは、すまなかった」とだけ答えたのだ。

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  1. 2018/11/20(火) 22:08:50|
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