FC2ブログ

有象無象ディメンション

Photofighter type-B Burst ignition

『あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない』#9 指示

スマホを取り出し、時間を確認する。10時51分。徒貝に到着してから、まだ30分ほどしか経っていない。
もっとも、この『徒貝』という地名すら、溝口の知らない単語である。元は中原といって、長らく市街地から離れた田園地帯だった。それが10年ほど前にバイパス道路が開通して、郊外型SCとして開業したものと記憶している。
そんな立地なので、当然ながら付近に鉄道の駅など存在しない。にも拘わらず、改変により最寄り駅が設置されている。
高校生という身分で気軽に立ち寄れる必要があるからだろう。全員で並んで自転車を漕ぐなんて絵面は、シュール過ぎるのだ。

(じゃあ、行くか。ソフトクリームを買えばいいんだよな?)
《そうですね、ひとまずは与えられた『シナリオ』に従ってみましょう。状況的にはスムーズに事が運ぶとも思えませんが》
(『神様』のお手並み拝見、ってとこか。いい予感はしねえが…)
念のため、財布の中身を確認しておく。残金は4280円あり、余程の事でもなければ金欠にはなるまい。

随分と人の増えてきたフードコートに戻ってみると、果たして相川とエルシィはまだ同じ場所にいた。見たところ、何かを買ったとか食べたような様子もない。
(あれから20分ほど経ってるのに、何やってんだあいつ等…)
《当たり障りのない会話を続けていたようですが、周辺に若干の認識断絶が確認できます。歪みの中心にあるようですね》
(成程、そうなるのか。こっちは歪みの外って訳だ)
《…いえ、捕捉されたようです》
(何!)
溝口は咄嗟に身を固くした。しかし周囲に目を向けてみても、これといった変化は無さそうに見えた。
2秒か3秒のことである。

が、何も起きなかった。直後、時間が静止する。
(カティル、どうなってる?)
《こちらで『指示』をキャッチしました。貴方には伝わっていないようですね》
(そう感じる。これも同期によるものか?)
《正直に言って、わかりません。過去に例がないからです。私としては、貴方にも何らかの影響が出るものと考えていたのですが…》
その言い分にどこか引っ掛かりを感じながらも、溝口はこの特異な状況を嫌って、結論を急いだ。
(まあいい。ここで長話をすると、自分が何をしようとしていたのか忘れちまいそうだからな。それで、どんな指示が?)
《『一番安い店を探し、バニラソフトを注文する。その時、財布を無くしたのに気付く』との事です》
(はぁ!?冗談だろ…)
溝口は絶句した。

時間が動き出すと、即座に彼は自分のポケットに財布が入っているのを確認した。
彼がここ3年ばかり愛用している財布は、二つ折りのコンパクトなものである。それをボタン付きの左尻ポケットに入れているのだから、ボタンが取れでもしなければ財布を落とす訳がない。
彼は実利主義であり、心配性である。見栄えのために長財布など使わないし、ポケットに財布を入れたら必ずボタンを掛ける。
そのこだわりについては歪みの影響下においても改変の影響を受けておらず、財布はいつも通りしっかりと保持されていた。

(財布を無くすっていっても、まだ持ってるよな?この状態から落とすなり、スられたりするのか?)
《まだ財布を失っていないという事は、貴方のみならず貴方の身に着けているものに関しても影響を受けないのかもしれません。あるいは、店の前で突然消えるのかも》
(それはそれで嫌な話だな…。ともかく、どう凌ぐ?ここで一旦財布を出して、わざと落とすか?でないと消えるかもしれないんだろ?)
《不自然ですね。落とすにしても、どこでどう落としたのかわからないという形でなければ》
(一旦この場を離れるか?…いや、もう捕捉されてるんだったか。このまま行くしかないのか…)
《そうですね。それと、台詞の要請です。『さーて、どうすっかな。とりあえず一番安いのでいっか』だそうです》
(わざわざそんな事口に出す必要あるのかよ…)

溝口は釈然としない感想を抱きながらも、この状況が物語の一幕である事を思い出し、改変を受けていた時のように、わざとらしく要求された台詞を吐き出してみせた。
そうして、店舗のメニューと価格を確認しながら、なるべく二人に見つからないように歩いていく。見つかる心配はないのだろうが、心情的な問題なのである。

ひとしきり見てみると、どうやらラーメンのチェーン店のものが最安値だとわかった。
(よりにもよって、ラーメン屋かよ…。単品でアイス買うか普通?)
心底ウンザリしながら、その店に足を向ける。
《そういう事を気にしないキャラ付けなのでしょう。これまでの言動を鑑みて、モラルもデリカシーも皆無といえます》
(いかにもな賑やかし役か…一番嫌いなタイプだ)
苦虫を噛み潰した顔でカウンターの前に立つ。どれを頼むかは既に決まっているにも関わらず、メニューを見据える。
《台詞です。『おっさん、ソフトクリームひとつ』です》
(ほんとクズなキャラ付けだな!)

内心毒づきながらも台詞を言おうとするが、あまりに度の過ぎた言葉ですんなり口から出てこない。
「あー…」
意味のない声を発しつつ躊躇っているうちに、うっかり普段の癖で財布に手を伸ばしていた。前払い式の店と知っていたからである。

瞬間、時間が停止した。
《いけません。台詞がまだです》
(ああ…クソ。駄目だ、もう触れるとこまで来てる。この際台詞は無視して、無くしたっぽい感じを出すしかない)
《…そうですね、構いません。指示の無視によりどのような影響が出るのか観測できますし、あるいは『キャラが勝手に動いた結果』として黙認される可能性もあります》
(財布がマジで消えてるかも知れんって方が怖いよ俺は。定期とかどうすんだよ…)

果たして、財布はまだポケットの中にあった。正確に言えば、いつも財布を入れているポケットの中に、しっかりと何かが入っている感触があった。
内心安堵しつつ、芝居めいた動作でポケットをあちこち探る。尻ポケットを除き、両側のポケットからポケットティッシュとハンカチを取り出してみせたりした。
そうして、大袈裟に「しまった」という顔をしてみせて、不審そうにこちらを見やる店員に対し苦笑いで一礼すると、踵を返して相川とエルシィのいる席に向かった。

《結果としては、これで問題ないようです。さて次は、『二人のいる席に戻る。財布を無くした事については黙っている』との事ですが》
(ああ、ああ。どうせあれだ、全員揃って昼飯を食おうって段になって、また誰かに土下座させるつもりなんだろうさ)
《『天丼』というギャグですね。恐らくこの状況のハイライトになるでしょう》
(漫画で言えば、大ゴマでオチってとこだろうな。けど、いくらなんでも馬鹿にしすぎだろ。財布を無くしたってんなら、普通は探しに行くべきなんだ)
《普通の状況ではないですからね。それで、どうしますか?》
(正直迷ってる。実害はなかったんだから従うべきなんだろうが、要求される演技に対応できる気がしない。いっその事、指示を無視して常識人の方向に舵を切れないかとも思う)
《アドバイスとしては、この物語において常識人のポジションは既に足りています。必要なのはトラブルメーカーであり、コメディリリーフであり、場を引っ掻き回すトリックスターでしょう》
(要するに、酷い目に遭って読者を笑わせるポジションなんだよな。けど、そういう奴らが叩きのめされても平気なのは、『神のご加護』があるからだ。問題なのは、俺にはそいつがないって事なんだよ)

どうするべきか決めあぐねたまま、無言で元居た席につく。
「戻ってきたのか。どうだった?」
相川が内容のない言葉を吐くので、溝口は「いや、特に何も」と答えた。エルシィは溝口を一瞥したのみだ。
フードコートの柱に設置されている時計を見上げると、11時47分になっていた。

溝口は自分の目を疑った。
《おそらく、間がもたないからでしょうね。次の展開は、女性陣が戻ってくる場面でしょうから》
カティルはそのように説明するが、溝口にしてみれば、あまりに雑な仕打ちである。
スポンサーサイト



テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/09/27(木) 22:27:47|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0


  5. にほんブログ村 その他日記ブログ その他30代男性日記へ
    押してくれとは言えないが
<<滅入る | ホーム | 最悪な生コン>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://photofighter.blog121.fc2.com/tb.php/3696-353c0fe2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

酔狂な人達

プロフィール

オレンジ02

Author:オレンジ02
徒手空拳で世の中エグろうと試みる人、俺。
ブログ名義でツイッターもやってます。

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

リンク

ブログ内検索

RSSフィード