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『あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない』 #7 覚醒させるもの

溝口は悩んでいた。

一人でうろついている所を川上や牧村に見つかれば、相川と別れた理由について尋ねられるだろう。
そうなればエルシィとかいう子供についても説明せねばならず、女子達はそちらに合流しようとするに違いない。
こうなってしまうと自分の居場所がなくなるだろう事を、彼は直感的に理解していた。
いずれにしても、昼には一度合流する手はずになっている。女子が買い物を終えていればそのままグループで行動できるだろうが、買い物が終わっていない場合、再び男女に別れる形になるだろう。だとすると、これは非常にまずい。
彼としては、この機に女子達との距離をもっと縮めたい所である。何とかして彼女達に良い印象を与えなければ、次回以降誘われないという可能性も無いではない。

となれば、取れる手段は一つしかない。あの子供の機嫌を取って、溝口新が素晴らしい男であるという揺るぎない事実を女子達に広めてもらうのだ。
現状は相川が子守をしているが、あの様子を見るに無意味な会話で時間を潰す以外能がない。ここで溝口が何か気の利いたもの…例えばアイスクリームなどを買って戻れば、相手は子供である。たちまちこの親切でファッショナブルな美少年に懐くはずだ。

そうと決まれば…と引き返そうとして、彼は一旦足を止めた。啖呵を切って二人から離れたのはついさっきである。
それが何の理由もなくいきなり戻ってしまったら、情緒不安定な男だと思われはしないだろうか?せめて何らかの理由が必要ではないか?
そこで彼は、ひとまずトイレに行く事にした。正直言って便意は無いのだが、トイレを我慢していたという体にすれば、話はスムーズになるはずである。

幸い、男性用トイレは空いていた。彼は一番奥にある洋式の個室に入ると、プラスチックのカバーを上げ、普段の習慣に則ってズボンと下着を下ろし、便座に腰を下ろした。
そうして少し時間を潰すため、ポケットからスマホを取り出そうと手を伸ばした瞬間である。

溝口は、自分のすぐ目の前に小さな輝きをみた。
否、正確には「見たと感じた」と表現するのが正しい。何故ならそれは一瞬のことで、この輝きは、この空間に存在するものではなかったからである。
だが、そのものについて溝口が深く考えることはなかった。既に彼はそれどころではなかったのだ。

彼は動けなくなっていた。ポケットに手を伸ばしたままの大勢で体が動かせなくなり、眼球も動かず、そして全ての音が聞こえなくなっていた。今見えているものと触れている感覚を除いて、全ての感覚が消失したかのようだった。
その中で思考だけが動いている。否応なく冷静にならざるを得ず、彼はこの状況をひとまず受け入れるしかなかった。

そうして一旦落ち着いてみると、つい先ほどから意識に引っ掛かってきていた何かを認識することができた。
それはノイズのようなものだった。自分の思考とは別に、何らかの雑音――そうとしか表現しようがない何か――が挟まってくるのである。その感覚は奇妙なもので、透き通ったガラスのような冷たいものが、自分の脳にそっと触れてくるかのようだった。
その感触に意識を向けた瞬間である。

《ミゾグチアラタ。ミゾグチアラタ。認識の同期を行いました。返答をお願いします》

(…俺を呼んでいる?何だ?)
疑問。即座に返答が来る。
《ミゾグチアラタ。返答を確認しました。状況を説明します》
(透き通ったノイズ?何なんだ?女か?話が通じているのか?テレパスか何かか?)
異常な状況である。時間の流れが止まっているのも、この何らかの介入によるものだろうか?溝口は混乱した。
《私はこの宇宙における記憶の集合体、地球で言うところの『アカシックレコード』その断片です》
(アカシックレコードだってのか!それが意識でもって割り込んでくる!)
あまりに予想外の答えである。アカシックレコードといえば、溝口も概念として知っている。この宇宙における全ての出来事、過去から未来における全てを記録しているとされる、あくまでオカルトのものだ。誰かの空想というレベルのものであり、実在する訳がない。
《疑問に思う必要はありません。私はそのようにしか自らを説明できませんし、貴方は既に問題を理解しています》
(理解?この記憶のことか?)
指摘されれば心当たりはあった。それは既に、強烈な違和感として溝口の思考に立ち塞がっている問題なのだった。

《そうです。正確にはこの現象についてです。貴方は5月6日以降、世界の改変を見ています》
(改変…?書き換えられたということか?別の世界ではなく)
《はい。この世界は今、高次元の何者かから介入を受けているのです。貴方はその渦中にいる》
(そういう事か。でも、なんで?)
《わかりません。高次元の存在に関する情報を得ることは不可能です》
(…それで、何故俺に?俺に何をさせたいんだ?)
溝口は自分に語り掛けてくる何者かについて、まだ欠片も信用していない。現実味のない話ではあるが、その内容は自身が直面したものであるから、疑いようはない。
だが、この者は何だ?何故こうなった?何がそうさせた?

《貴方の混乱は理解しています。ですが、私からの要求は何もありません》
(何?)
《私は単なる『観測者』に過ぎないという事です。貴方と認識を同期することで、私はこの改変そのものを捉えることができる》
(お前自身には、改変を捉えられないということか?)
《認識する者がいなければ記録はありません。アカシックレコードに保存されているのは、生命体による認識そのものなのです》
(その説明によれば、改変の影響を受けている者たちは認識をもっていないという事になる)
《そうではありません。改変によってそれぞれの思考が書き換えられても、その思考を基準に生命体は自由行動を行います》
(では、どういうことだ?)
《私にとって重要なのは、認識が連続している事なのです。人が想像するのと同じように、アカシックレコードとは、積み重ねられた過去から正確に未来を予測するシステムなのです》
この説明に、溝口は唖然とした。それではまるで、量子コンピュータそのものではないか。

(つまり、改変の影響を受けるという事は、歴史の断絶…みたいなものか)
《みたいなもの、ではありません。断絶そのものなのです。しかし同時に、直接改変を受けない所では改変に従って変化が起きます》
(ああ…覚えがある)
溝口は自分の家に起こった異変を思い出していた。
《これはとても危険な状態といえます。脈絡もなく突飛な改変が行われれば、場合によっては大きな被害が出るでしょう》
(場合によっては、か。例えばどんなものがある?)
《具体例を提示することはできません。私は観測者に過ぎませんし、判断のための情報も不足している状況です》
(…では、改変の影響について教えてくれ。それがどのように働くのか、ということだ)
《はい。しかし、わかっている事は多くありません。介入のベクトル、言うなれば『歪み』の内側からの観測はこれからです》
(内側とは、俺の事か。それ以前はこの改変の外側から観測していたんだな?)
《私と同期せずに歪みの内側に入れば、改変の影響を受けて、思考のみならず存在の在り様さえ書き換えられてしまうのです。そうなれば改変された環境を正常と認識してしまい、改変者にとって都合の悪い部分、つまり『破綻』を発見できなくなります》
(そうか。その破綻のせいで…)
《状況の破綻はその場では表に出てきませんが、世界の全体が歪みの影響下にない以上、正常化の過程の中で必ず顕現するでしょう。その破綻があまりに大きい場合、世界全体が捻じ曲げられる事になります》
(ことによっては、世界が滅びかねない…?)
《その可能性が無いとは言えません。この先に何が起こるか、私には予測できないからです》
(だろうな…)
溝口は、自分がひどく厄介な状況に置かれているという事実を、改めて認識せざるを得なかった。つまり、この世界を直接書き換える者がいるという事は、次の瞬間に何が起こっても不思議ではないのだ。

《ですが、私の目的は世界の滅びを食い止める事ではありません。間断なく情報を収集し、正確な予測を立て続ける事です》
(もし世界が滅びるとなれば、お前が存続しても意味がないんじゃないのか?)
《それは違います。私の存在意義は、記憶と予測そのものなのです。これを誰がどう利用するとか、それをどう扱うかというのは我々の関与するところではありません》
(薄情なことだな。…いや、情など最初から無いってことか。役割を果たすために)
《はい》
頭の痛くなるような話だった。アカシックレコードが時間を止めたのは正解だっただろう。でなければ溝口は、この理不尽に対する罵詈雑言を大声で喚き立てていたに違いない。

(ところで、この状況なんだが…)
ふと生まれた疑問を言語化しようとすると、即座にアカシックレコードが反応した。
《時間的感覚の事ですね。今この状態は、時間が止まっている訳ではありません。貴方の認識を圧縮して、体感する時間の流れを限りなくゼロに近づけているだけです》
(それは、俺が加速しているという事か?)
《いいえ。言うなればこれは、私の能力を使った会話の予測なのです。貴方の思考と認識、そして私の疑似人格を参照してどのような会話をするか、どのような思考に至るかをシミュレートしているのです。現実には、この短時間の間に思考を巡らせる事はできません。人体はそのようにできていないのです》
(ということは、時間が止まったように見えた時点で、お前のシミュレートの中にいたって事か)
《そうです。そして私と貴方はごく自然に接触を開始した》
(どこが自然なんだか…)
溜息をつこうにも体が動かない。依然として疑問や問題は山積みだが、これ以上この環境にいると頭がおかしくなりそうだった。
(ともかく、一旦楽にさせてくれ。こんな状況は、慣れない)
《はい、思考をお返しします。以後、私は貴方と共にあります。いつでも呼び掛けてください》

その瞬間、ごう、と耳の奥が鳴った…ような、気がした。
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  1. 2018/09/10(月) 22:31:21|
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