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『あの日見た君の横顔を、絶対に忘れない』 #1 事情

…遠くで何かが、ひどく耳障りな音を立てていた。それが長年愛用している目覚まし時計のアラームだという事はすぐにわかったが、今はただぼんやりとあたたかな心地よさの中で、もうしばらく揺蕩(たゆた)っていたかった。
つい昨日までのゴールデンウィークは、およそ17歳の少年にとってはとても退屈な――もっとも、それは単なる自業自得だったのだが――ものだった。何の予定も約束もない5日間の間、日がな一日部屋に籠って3つ掛け持ちのソーシャルゲームを延々プレイしていただけの身としては、平日だろうが祝祭日だろうが、それは中身や順序が多少組み変わるだけのことで、退屈な日常の延長に過ぎない。

退屈。そう、退屈なのである。
溝口新(みぞぐちあらた)17歳、泉光高校2年B組、帰宅部。趣味はこれといって無く、特技もこれといって無し。勉強と運動は最低限、身長が日本人平均よりほんの少しだけ高いのだけが取り柄で、人付き合いは苦手。
言うなれば平均未満、を自認する彼の高校生活は、目的意識の欠如による向上心の無さを言い訳にして無味乾燥、ただ漠然と日々を消費するだけのものでしかなかった。

彼がこのように無気力な人格をもつのには、一応の原因がある。

小学生の頃の彼は、いわゆる天才肌だった。勉強に運動、これといって意識せずとも何でもできた。あまりに自然に何でもできるので、クラスメイトが些細な問題に手こずっているのを見ても「なぜこの程度の事ができないのだろう?」と疑問に思い、そして当たり前のように周囲を見下すようになっていた。

だが、中学生になると状況が変わってくる。ノートすら取らず、まともな勉強のやり方を知らない彼の成績はみるみるうちに落ちていき、また急に伸び始めた身長に感覚と筋力が追い付かず、運動すら苦手分野になっていった。
小学校で培ったプライドが粉々に打ち砕かれ、ようやく自分が人並み以下になっていると気が付いた頃には、何の思い出もない2年間が過ぎ去ってしまっていた。

その後1年間でどうにか平均そこそこまで成績を持ち直し今の高校に入ったが、彼はそこで自分自身の限界、積み重ねのない人生にはろくな将来が望めないという事を悟ったのである。
だから彼の高校生活は、可能な限り周囲に合わせて無難に乗りきるのを主目的として、彼自身は何も背負ずに済むようにした。
自分が何かを背負っても、人並み以上の事はできない。それは誰かに迷惑をかける事になるし、自分自身の無力さを思い知らされるだけである。
自分に期待をしない者が、何故他者の期待を背負えるだろうか?

「あんたにはもう何も期待してないから」中学3年の冬、そう投げかけてきたのは、他ならぬ彼の母親だった。
それが彼にとって救いの一言になったというのは、おかしな事だろうか?

しかし今は、その同じ声が彼を絶望の淵へ追いやろうとしていた。
『アラタ!いい加減起きろ!この馬鹿!』
ドアの向こうから母親の罵声が飛んできて、彼は舌打ちをしながら目を開けた。
カーテンを閉め切った部屋はまだ暗いままで、隙間から差し込んでくる陽光が壁に白いラインを描いている。
少なくとも、今朝はいい天気らしい。腹立たしいほどに…。


食卓に用意された朝食を一瞥して手もつけずに、彼は家を出た。
背後から飛んでくる罵声を聞き流して、自転車を思い切り漕ぎ出す。電車が来るまで後5分。
これに間に合えば、始業20分前には余裕で教室に入れるだろう。もし間に合わない場合、全速力で自転車を飛ばして直接登校しなければ遅刻確定である。
幸い、今回は辛うじて電車に間に合った。

最寄り駅の名は昭和台といった。
昭和台は小高い山の際にある住宅地で、名前の由来はまさに昭和のころ宅地造成された事による。
高度経済成長期に急増したマイホーム需要に応えるもので、郊外に新しい生活圏が構築された。
彼の通う県立泉光高校もまた、この計画の一環として設置されたものだ。1学年5クラス200人、普通科のみ。
偏差値は45前後と、県全体では中の下か下の上という学校である。点数的にはもう少し上を目指せそうではあったが、ギリギリの所を狙って受からなかった時の事を想像すると、危険を冒す訳にはいかなかった。
もし高校浪人という事にでもなっていたら、家を出ていくしかなかっただろう。引き籠りが許されるような環境にないという点では、疑いようのない事であった。

電車が混んでいようが空いていようが、彼は常に運転席の後ろに立つ。席に座る事はほとんど無い。
理由は特に無い。その場所にいるのがなんとなく落ち着く、それだけの事である。
降りる青沼駅までは3駅。学校へはそこから更に10分ほど歩く。

家庭内環境はうまくいっていない。
大企業でそれなりの地位についている父親は生来の事なかれ主義者であり、こと子育てについては放任主義を決め込んていて、そうある事がむしろ男親の正しい形だと考えている。そのしわ寄せを専業主婦の母親が全て背負い込むから、思い通りにならない息子に対する当たりが強くなるのは仕方のない事ではあった。
一方でそんな兄と母の姿を見て育った4つ下の妹は出来た子で、彼女の存在が母親の精神の均衡を保っているといっていい。

世間体、である。大企業で実直に働く夫と、それを健気に支える妻。その世間体が夫婦にとっては大事なのであり、そう評価される事が理想なのだ。だから母親は新に模範的な子供であることを望んだが、小学生の彼には優等生たらんとする事にどんな意味があるのか理解できず、取り繕うということができなかった。
彼は自分に正直に生きているつもりだった。その事に何の引け目も感じなかったし、何故叱られなければならないのか、何故認めてもらえないのか理解できなかった。そして、母親はそういう人だから、と割り切ってしまった。

血のつながりはあっても他人。彼はそう理解している。求める方向性や価値観が違いすぎるから、一緒に暮らしていける訳がない。
母親が求めているのは、夫には相手にされず、専業主婦として一軒家に閉じ込められてしまった自分を肯定するための、きらびやかなステータスなのである。「自分の人生は満たされている」そう思う事が出来なければ、何のために生きているのかわからない。それならそれで若い男でも探せばいいものを、なまじ賢いばかりに自分を縛りつけて、耐える道を選ぶ。

それが生半可な事でないのを、今の彼は理解できている。母親がこの境遇に耐えてくれているから、自分はこの怠惰な生活を享受できているのだと。
この点について感謝はある。しかしそれ以上に怒りがある。つまるところ彼女は、自らの世間体のために我慢の道を選んでいるだけなのだ。
息子のためを思ってかけてくれた言葉など、ただの一つもない。「もう期待しない」というのは、母親のための装飾品として無価値になった、という意味なのである。

少なくとも彼にとっては、そういう事になっていた。

学校へと向かう道すがら、周囲には多くの泉高生が歩いているが、挨拶をする相手は一人もいない。
溝口新という少年に、親しい友達はいない。時折クラスメイト相手に必要最低限の事務的会話をする程度で、学校生活の大半を一人で過ごしている。
学校においても彼は万事無気力を隠さない。わざわざ自分の神経をすり減らすのを嫌い、自分から他人に話しかける事は滅多にない。彼は自身がクラスで孤立状態にあることを理解していた。
自分自身に興味がないから他人の目を気にせずに済んでいるというだけで、彼自身に精神的強さが備わっている訳ではないし、孤独を愛するなどと嘯(うそぶ)きもしない。
それが良いか悪いかはともかく、過去の自身の経験と、世間体とプライドのために生きている母親を目の当たりにしていた事で、彼はある種「反・プライド主義」とでも言うべき考え方を持つに至っていた。

生半可な自尊心はいつか砕かれる。分不相応な評価を求めれば挫折する。それは何故か?
ひとえに、世界は広いからだ。狭いコミュニティの中での地位など、個人の判断を狂わせるものでしかない。
流行などその最たるものだ。テレビやマスコミに担がれて消費者として扇動される事に、一体どんな意義があるだろうか?
表札や額縁に実利があるか?表札があっても家が無ければ住所を持てない。額縁の中身が空では鑑賞されることもない。
順番が逆なのだ。家があるから表札を掲げる。立派な作品があるから額縁に入れる。
誇るべき価値があるから自尊心を持つ。価値を持たないものに、自尊心を持つ意義などない。
そして価値とは、状況や時代によって移り変わるものであり―—―。

教室の扉を開けようとした瞬間、彼は奇妙な感覚にとらわれた。
それは例えるならば、薄く軽い布が体全体をすり抜けて、先ほどまで感じていた些細な罪悪感―—それは母親がわざわざ用意してくれていた朝食を意図的に無視した事によるものだった――を、すっと濾し取っていくようで、瞬間、彼の心はすっと軽くなっていた。
まるっきり生まれ変わったかのような爽快な気分に、彼は思い切り教室の扉を開ける。
そうして、教室窓際の一番後ろの席に相川一哉(あいかわかずや)がいるのを確認するや、そのひとつ前方の自分の席へ向かいながら、まるでそうするのが普段通りであったかのように、彼にしては幾分大きな声で挨拶を交わしたのだった。


やっとこさ公開してもなんとかなるという所まで書けたので、公開していきます。
ただ、色々と伏線というか面倒な縛りの多い内容になるので、今後もちょこちょこ手を入れていくかもしれません。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/09/10(月) 22:22:36|
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