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有象無象ディメンション

Photofighter type-B Burst ignition

コンプレックスは

昨日あんな事書いたせいか、今日、例年より早く桜の開花宣言が出た。
福井局前の道をつい4日前に通った時はまだ花なんか咲いていなかったのに、今日はもうすっかり満開に近いらしい。
今週は一気に暖かくなったから、それで花のほうも急速に咲いたという事らしい。

どうでもいい事ではあるが。

今日ふと考えたこと。
女性にとって、貧乳を褒められるのは苦痛なのではないか?

二次元の影響でロリコン(ファッションロリコン含む)が多くなっている昨今、巨乳よりも貧乳のほうが好きだと公言する者も増えてきた。
というより、幼児体形に欲情することを異常だと思わなくなってきているのだろう。これは成熟した女性を求める生殖本能とはまた少し違うのだが、征服欲という点で見れば納得のできる話ではある。つまりは、精神的支配を第一目標にしているわけだ。
ハーレム主義と考えてもよいだろう。まあ、それは今は特に問題ではない。

問題視するのは彼らが貧乳をこそ礼賛するという点についてである。
自らの性癖を公言することで、一見、体格に恵まれない女性を擁護しているように見える。だが、本当にそうか?
どことなく違和感があったまま、この問題についてはながいこと放置していた。それを今日、改めて考えてみたのである。

生憎俺は女性ではないので、女性の感覚を想像するのはむつかしい。が、立場を入れ替えてみることはできる。
女性にとってのおっぱいに対応する男性の部位はどこか?
問うまでもない。それは、ちんこである。
では、こう考えてみよう。おもむろに女性がこう言うわけだ。

「短小包茎ちんこマジ好き愛してる」

そういう性癖があるのは理解していても、男の立場からこの言葉に正対するのは困難である。
いくつか理由はあるが、最も大きい理由は、ちんこのサイズというのは男性にとってステイタスであり、コンプレックスだからである。
いわゆる「日本人平均サイズ」とニラメッコしながらモノサシを押し当てて、目盛りが大きければ胸を張り、小さければ項垂れる。
皮が剥けるかどうか、剥けているかどうかは更に大きな問題といえる。
銭湯や温泉において、男はまず互いの股間を一瞥して「格」を探るものなのだ。大小はともかく、剥けている者は堂々と闊歩する。
一方、剥けていない者、剥いても戻る者は股間を隠してこそこそ歩く。勝負にすらならないのである。
個性も地位もなく互いに裸体しかみえない風呂において、ちんこはその人を最も雄弁に物語るものなのだ。

無論、ちんこのサイズというものは遺伝の影響が大きく、多少どうこうした所で改善するものではない。本人がどれだけ努力しようと、小さいものは小さいし、剥けないならば切るしかないのだ。
金をかければ見栄えはどうにかなる。度胸があれば何かしらできるだろう。だが、そのどちらも足りない者は、タオルで前を隠し続けるしかない。
つまり、短小包茎とは「男としての敗北」そのものなのである。それを好いてくれる女がいたとして、それが何だ?
勝ちたいのは男同士の土俵なのである。男のプライドがボロボロに痛めつけられているのに、その惨めな姿を好かれたところで侮辱なのである。

さて、以上を踏まえて再び女性に目を向けてみると、貧乳賛美はそのまま「女性としての彼女に対する侮辱」であるとわかった。
加えて身長などにも目を向けてみれば、相手が自分で欠点だと感じている部分を肯定する、その行為そのものが侮辱になるという事がわかる。
「俺は好き」という言葉は、恐らく何の慰めにもならないのだ。その部分を特別な目で見ているという事実そのものが相手を傷つけるのだから。
正解は「気にしない」事だろう。そのものが全く当たり前で、何ら特殊性のないもののように認識し振る舞う。本人のコンプレックスはあくまで本人の問題なのだから、少なくともその点については踏み込まないようにする。
だが、これはなかなか骨である。表面上はともかく、現実には自分の性癖はそうそう隠せないからだ。

何故こんなどうでもいい事を書いたかというと、それは、この「他者のコンプレックスは気にしないのが正解」は、障碍者に対しても言えるのではないか?と思ったからである。
とかくこの世は世知辛い。やれ障碍者と見るや、健常な人々は内心苦々しく思いつつも、猫撫で声で「何か困った事はありませんか、お力になりますよ」なんて言いながら近寄っていく。成熟した社会はかくあるべきだ、なんて社会通念に従って、他人を思いやろうとする。

だが、それは本当に正しい事なのか?本人にとって障碍がコンプレックスであるならば、健常者は彼らをやはり自分と変わらない健常者として扱うべきではないのか?
でなければ、障碍者は事あるごとに健常者の助けを借りて、どこに行くにも引け目を突きつけられる。
しまいには「健常者は障碍者を助けるのが当たり前」なんてふんぞり返り、人間性がこわれていくのだろう。
それは本当に本人が望むことなのだろうか?そうする事が本人のためになるのだろうか?
そんなのは結局なにもかも「健常者の自己満足」に過ぎないのではないか?

だけれども、要するに俺は、健常者という一般大衆のうちの一人なわけで。
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  1. 2018/03/29(木) 22:21:28|
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