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有象無象ディメンション

Photofighter type-B Burst ignition

物語か、キャラか

創作をする場合、やってはいけない事などそうそう無いが、何でも好きなようにやっていいという事はない。
ノンフィクションでないのならば、作者個人の理想や動機というものを、物語の主人公に持たせてはいけないのだ。
何故なら、その主人公には事そこに至るまでにそのキャラクターなりの人生がある訳で、そのものが作者自身に完全に重なるものでもない限り、同様の主義や思考を持つのは明確に不自然だからである。

要するに、現実に何の取り柄も無く不細工で友達もいない奴が、それなりに何でも出来て一般的な容姿をしており仲の良い友達もいるキャラクターに自己投影をすれば、それは当然おかしな事になる訳だ。
当然ながら、その逆も然りである。彼女持ちのリア充には、自分の感覚を当たり前のものとした上で不細工で友達のいないキャラを自分自身として描く事はできない。わざわざそんな面倒な真似をする奴がいるとは思えないが。

それでも、思考力想像力の浅いうちは、物語の主人公に自分自身の理想を押し付けがちである。
TRPGのキャラを作成する時に、自分のキャラを強くしたいがために特に深く考えず「強大な敵」を設定し、CPを多く獲得したりする。
酷いのになると、自分自身が登場する物語を書く。当然その自分自身は、現実ではありえないほどスーパーな能力を持っている。
正直に言えば、どちらも俺自身が高校生の頃に通った道なのだ。今思えばこんなのはどこまでも恥でしかないし、そもそもキャラクターとしての体さえ為していない。要するに「話にならない」。

35を過ぎて「今だったらこうする」などと年甲斐の無い訂正をしても仕方ないが、それでも今TRPGのキャラを作るなら、余計な敵を作るより、CPを多く支払ってでも有用な味方をつける方が圧倒的に有利だとわかる。
物語に自分自身を投影するようなキャラは絶対に出さないか、出したとしても弱さを前面に出した被害者にしかならないだろう。

これは現実を知ったとかそういう打算と諦観ではなくて、単に「そうでなければ物語にならない」からである。
街の中でも常に敵の奇襲を警戒し、食事を採れば毒に怯え、関わる人全てを敵だと思わなければ生き残れないようなキャラではどんなキャンペーンにも参加できないし、GMは敵の用意を面倒がってありとあらゆる手段で殺しにくるだろう。
自分自身とその理想を投影したキャラは、どこまでも理想的であろうとするから、物語の展開そのものを止めてしまうだろう。そうでなければ周囲のキャラクターが全て単なるイエスマンになっているに違いない。自分自身というキャラクターは決して空気を読まない。何故なら自分自身そのものが空気だからだ。

自分自身の投影でなくても、強すぎるキャラクターは物語の主人公には向かない。その力を発揮した時点で、やはり物語の展開を止めてしまうからだ。
欝々しい物語や苛々する状況を見てヒーロー願望を持つのは当然の事だが、ではそこで強すぎるキャラが横槍を入れたらどうなるか、考えてみるといい。そのキャラが自分自身の投影でなくとも、起こる事態は自分自身の願望に他ならない。
だから、大抵の場合において強すぎるキャラはその力を阻害されていたり、単にサボっていたりする。
「能ある鷹は爪を隠す」のではないのだ。「能無しになりたくないから爪を切っている」のである。

もっとも、これらは全て「キャラクターよりも物語世界が重要」という視点からの批判である。
「物語や世界なんかどうでもいい、俺は俺のキャラが描きたい」という人にはまるで当たらないし、余計なお世話だろう。
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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

  1. 2017/02/13(月) 18:54:00|
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